吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

親愛なる同志たちへ

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 スターリンの粛清は有名だが、フルシチョフの時代でも住民を虐殺した、まるでソ連光州事件のようなことがあったとは知らなかった。しかもその事件が起きた都市の名前が覚えにくくて舌を噛みそうだ。その都市ノヴォチェルカッスクはソ連南部にあり、現在のウクライナ共和国に近い。

 1962年、世界がキューバ危機で大騒ぎになる数か月前のこと、ノヴォチェルカッスクでは物価値上げや賃下げに抗議する労働者のストライキが起きていた。社会主義国ストライキ?! 社会主義国で物価値上げ?! 理論的には起こりえるはずのないことが起きていたのだ。

 スターリンの粛清を生き延びた人々は、独裁者が正式に批判された20回党大会後のつかの間の「自由」を謳歌したのかもしれないが、生活は苦しくなる一方だった。この物語のヒロイン、リューダはノヴォチェルカッスク市委員会のメンバーかつ共産党員として裏ルートで食料の配給を受けるなどの特権を謳歌していた。彼女はその特権に疑問を抱く様子もない。

 しかし今のフルシチョフ政権下では食糧不足で食品店の棚が空っぽになり、人々の第行列が起きている。「スターリン時代のほうがよかった」という彼女のつぶやきが何度か繰り返される場面が印象的だ。

 やがてストライキによって工場を占拠した労働者たちは街頭に出て、大勢の市民たちと共に市役所に向かってデモを始める。この事態に軍が投入され、KGBもやってくる。混乱する市政委員会。リューダはこの騒動に巻き込まれたと思われる娘の行方がわからずパニックに陥る。共産主義は正しかったはずなのに、スターリンによって革命が完遂されたはずなのに! リューダの信念は揺らぐ。多感な年ごろの娘はよもやデモ隊の一員となっているのではあるまいな?!

 娘の行方を捜すリューダの目の前に虐殺された市民の死体が累々と……。もはやリューダには信じるものがないのか? 何を信じていいのかわからない…。

 こんな事件があったこと、これが今映画化されたことの意味を深く考え込まざるをえない。なんで? 

 画面は幅狭く窮屈なモノクロ。映画の内容以上に狭苦しく鬱屈した閉塞感を観客に与える。(レンタルDVD)

2020
DOROGIE TOVARISHCHI
ロシア  B&W  121分

監督:アンドレイ・コンチャロフスキー
製作:アンドレイ・コンチャロフスキー
脚本:アンドレイ・コンチャロフスキー、イェレーナ・キセリョーヴァ
撮影:アンドレイ・ナイジェノフ
出演:ユリア・ヴィソツカヤ、アンドレイ・グセフ、ヴラジスラフ・コマロフ