吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

スティルウォーター

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 アメリカ南部出身の底辺労働者で敬虔なクリスチャン。銃を2丁所持している。そんな白人中年男性はおそらくトランプ支持者の一人に違いなかろう(服役中だったので投票できなかったが)。それが主人公のビルだ。そのビルの娘アリソンがフランスに留学し、あろうことかムスリム女性を愛して同棲し、その女性を殺した罪で5年も獄に入っている。アリソンは無実を訴えているので、娘の冤罪を晴らすべくビルはフランスで必死に真相を探ろうとするのだが……。

 というビルとアリソンの背景がわかるまでに実はけっこうな時間がかかる。そんな簡単に彼らの置かれた立場が映画内で説明されるわけではなく、観客には徐々に知らされていくから、そのたびに「なんと、そういうことだったのか」と一枚ずつ隠されていた事実が明らかにされる驚きに触れていくことになる。

 学歴も教養もない男が娘のためにただひたすら懸命にすべてをなげ打つという美しい行為を続けるうちに、自らの内なる差別を解体させられていくさまをゆっくりゆっくり、丁寧に描いた映画だ。丁寧に描き過ぎてやや長尺になってしまった。異国の地でフランス語もわからないビルを偶然助けることになった母娘との交流が見る者の心を和ませる。娘マヤとすっかり仲良くなったビルは、その母であるヴィルジニーとはどうなるのか、という恋愛の行方も観客をそそる。真犯人を探すビルがある日見つけたその男を追い詰める場面の壮観さよ! どうやって撮影したんだろう。

 長い映画なので、途中で犯人を追うサスペンスという風情が薄れて来る。ビルとヴィルジニーの関係が恋愛に発展するのかどうかとやきもきさせる点などがそうだ。しかしこの長い前振りはとどのつまり最後の大転回への布石だったとも言える。

 真実を明かし犯人を捕まえるためにはなりふり構わないビルのやり方は、アメリカの表象とも言えるだろう。フランス人のヴィルジニーとその娘マヤ(マヤの父はおそらくアラブ人?)との価値観の違いが際立ちながらもいつしか支えあい、文化の差を超えて行けそうに思えたのだったが。

 結末は苦い衝撃とともに飲み込もう。なぜこの映画のタイトルがスティルウォーターだったのか。ビルが暮らす田舎町の名、その名がもたらしたものはあまりにも重い。(レンタルDVD)

2021
STILLWATER
アメリカ  Color  139分
監督:トム・マッカーシー
製作:スティーヴ・ゴリン、トム・マッカーシーほか
脚本:トム・マッカーシー、マーカス・ヒンチー、トマ・ビデガン、ノエ・ドゥブレ
撮影:マサノブ・タカヤナギ
音楽:マイケル・ダナ
出演:マット・デイモンアビゲイル・ブレスリンカミーユ・コッタン、リル・シュヴォ