ホワイト・クロウ 伝説のダンサー
映画素人には難しいのではないか。時間と空間を瞬時に交差させる演出。ほのめかしに過ぎない場面でも、実はヌレエフの性的好奇心が描かれている。
彼は1938年、シベリア鉄道の中で生まれた。厳しいスターリン粛清の嵐が吹き荒れていた時代だ。父は熱心なスターリン主義者の軍人だった。ほとんど家にいない父に代わって彼を育てたのは母で、彼は幼いころに母に連れられて見たバレエに心打たれて、ダンサーを夢見た。
やがて17歳でバレエ学校に入学したヌレエフは彼の生涯を決めることとなる教師プーシキンと出会う。プーシキンを演じたのは監督でもあるレイフ・ファインズ。ヌレエフは才能豊かな、しかし協調性に欠ける若者だった。タタール人でありムスリムであった彼の出自を笑う生徒たちから「ホワイトクロウ」と揶揄されていた。
やがて彼がパリ公演で触れた芸術の都の素晴らしさは格別だった。ルーブル美術館で絵画や彫刻に魅せられ、知り合いになった社交界の花と遊びほうけた。そんな彼をソ連当局の監視人(KGBか)が厳しくチェックしていた。やがてバレエ団が次の目的地に移動することになった時、ヌレエフだけが帰国を命じられる。二度とバレエができなくなると思い込んでパニックになるヌレエフ。もはや亡命しかないと決意し、空港で命懸けの攻防が始まる。。。
ヌレエフが亡命したことはもちろんわたしは知っていて見ているわけだが、それでも最後のクライマックスの亡命場面は手に汗握る。かつて「愛と哀しみのボレロ」で空港の亡命シーンが鮮やかなワンショットで描かれていたことを思い出す。ほんとにあんなふうにゲートを一瞬で乗り越えて亡命したんだと思い込んでいたら、本作を見て実はもっといろいろ複雑だったことがわかった。
バレエ映画であると同時に一人の変人天才が自由を求めて葛藤するドラマであり、一種サスペンスの様相もある見ごたえのある作品だった。しかし、バレエの場面はもっと多くてもいいんじゃないかと。ヌレエフを演じたオレグ・イヴェンコは気の強そうな目力のあるところが本人に面差しが似ているし、熱演していた。ルームメイト役で登場したセルゲイ・ポルーニンの踊りが素晴らしかったので、ぜひ彼のドキュメンタリーも見たい。