吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

ブログのタイトルを変更しました

 年度も替わりまして、わたしの4月4日の誕生日も過ぎました。長らく「吟遊旅人ピピのシネマな日々」というタイトルでブログを掲載していましたが、この度、「吟遊旅人のシネマな日々」にタイトルを変更しました。

 「ピピ」という名称は学生時代のニックネームでした(田村信さんのギャグマンガ「できんボーイ」の登場人物である”ぴぴ姫”からとられた)が、さすがにもう大学を卒業して40年近くになるので、ピピ姫からも卒業しようと思います。

 わたしは2000年からネットでものを書いています。もう長い期間となりました。いずれその歴史についても綴ってみたいと思います。

 今は新型コロナウィルスの流行により、先が見通せない状況となっています。このような事態を迎えて、わたしたちが当たり前のように過ごしてきた昨日までの世界が様変わりしたようにも見えます。しかし考えてみれば、世界は危うい均衡のもとに成り立っていたことが露呈しただけに過ぎないのではないでしょうか。

 グローバリズムが席巻する今の世の中で、病原菌も世界中を駆け巡ります。グローバリズムによってわたしたちの生活必需品の多くが海外生産に依存していることが、改めて実感されることとなりました。

 これがいいことなのか悪いことなのか、ただちには答えは出せません。かつて、「プロレタリア国際主義」というスローガンは国境を越える資本主義へのアンチテーゼとして存在していました。しかし今や、国際主義はウィルスもともに伝播するということになれば、わたしたちはローカリズムに収縮すべきときなのでしょうか。

 いずれにしても、排外主義と差別が蔓延する世の中は誰にとっても良い結果をもたらしません。わたし自身は、「支えあう社会」が理想だと思っています。それは「もたれあう」のとは違います。自立した市民が自分の頭でものを考え、自身で言葉を発することができる社会です。そして、みなが足りない部分を少しずつ補いあい、助け合う社会です。労働専門図書館の館長たるわたしは、そのための知的インフラに少しでも役に立てればと願ってやみません。

野性の呼び声

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 ジャック・ロンドンの有名な原作は彼が24歳ぐらいのときに書かれた小説だったのだ。今更知って驚いている。子どもの頃、ジャック・ロンドンは「白い牙」とか興奮しながら読んだ覚えがある。

 その小説世界を見事に映画にしてしまった、というわけ。まあ、今どきはCGでなんでもできるからねぇ。犬が人間みたいな演技を見せるもんだから感動してしまったのだが、これ、モーションキャプチャーで人間が演じているとか。驚くしかない。

 あまりにも人間くさい動きをするから、ちょっと犬としてはどうよと思わないでもないが、この犬のバックがとってもかわいいので、たまりません。

 バックは判事の家で飼われて何不自由なく気ままに暮らしていたのに、誘拐されてアラスカに売り飛ばされる。犬ぞりの犬となって酷使されるけれど、飼い主が気のいいアフリカ人とアメリカ先住民カップルだったのでバックも新たな人生ならぬ犬生を堪能していた。しかしその後、再び悪人に追われ、ついにハリソン・フォードに拾われるのである。

 という波乱万丈の物語。アラスカの雄大な風景に急流下りだの雪崩だのと野性味たっぷりのアドベンチャーが繰り広げられる。こういう映画は大画面で見なくちゃ!
 21世紀の清く正しい映画らしく原作と設定を変えてある。ハリソン・フォードが演じた金鉱探しの男を襲うのが原作では「インディアン」なのだけれど、映画では強欲な白人。バックを可愛がってくれる郵便配達人がアフリカ人とネイティブアメリカンというのも現代的だ。

 ストーリーは単純で面白く、幼い息子を喪った孤独な男の心を犬が癒すという心温まるお話なので、昨今のコロナウィルス騒ぎで心がささくれだっているときにはこういう映画がお薦め。 しかし、劇場用パンフレットを製作していないとな。パンフレットが無いのは実に残念だ。

2020
THE CALL OF THE WILD
アメリカ  Color  99分 

監督:
クリス・サンダース
製作:
アーウィン・ストフ
原作:
ジャック・ロンドン 『野性の呼び声』
脚本:
マイケル・グリーン
音楽:
ジョン・パウエル
出演:
ハリソン・フォードダン・スティーヴンスカレン・ギラン、オマール・シー、ブラッドリー・ウィットフォードコリン・ウッデル
 
 

ジュディ 虹の彼方に

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 「エディット・ピアフ 愛の賛歌」を見たときと同じ種類の感動を味わった。タイトルロールの被伝者への敬意と憐憫、そして演じた女優の努力と才能への驚嘆。
 ”芸能界で消費されていく幼い才能”という悲劇がジュディの生涯を覆った。その最期の輝きが見られた、死ぬ直前に行われたロンドン公演を描くのが本作だ(本当のラストコンサートはロンドンの直後、コペンハーゲン)。
 借金まみれでホテルも追い出され、幼い子どもたちと路頭に迷うジュディは、もはやマネージャーを雇う金もない。4回の離婚で生んだ子どもは3人。長女は後にライザ・ミネリとして大スターになる。そのライザも映画に登場して、演じた女優がまたよく本人に似ている。娘ライザは既に成人して母親とは一緒に暮らしていないが、ジュディは下の二人の子どもたちの親権を別れた夫と争っている。子どもたちと一緒に暮らすためにもお金がいる。背に腹をかえられないジュディはいやいやながらもロンドンへ赴く。
 3歳になる前から舞台に立っていたというジュディの子役時代の回想がなんども挿入される。彼女がいかにハリウッドのプロデューサーたちに酷使され搾取されたかがよくわかる。興奮剤と睡眠薬を交互に投与され、身体も心もボロボロになったジュディがお金の使い方も知らないような大人になってしまったであろうことは容易に想像できる。そしてわがまま気ままで周囲を振り回し、結婚生活もすぐに破綻する。最後の結婚がこの映画で描かれるが、それも早々に破綻を予感させている。典型的なスター病だったといえるのではなかろうか。
 しかし映画はそんなジュディに愛を込めて作られている。ありあまる才能がありながら酒に溺れ薬漬けになっている彼女の悲劇を、それでもファンとの心温まる交流によって最後の日々が光に溢れていた、と熱い思いで伝えている。
 レネ・ゼルウィーガーがこの演技でアカデミー賞を獲ったことはじゅうぶん納得できる。ジュディ本人に負けないぐらいの歌唱力を披露し、歩き方も笑い方もジュディになりきっている。この作品のために1年間歌のレッスンを続けたという。その努力も並大抵ではない。
 最後の日々が決して不幸ではなかった、と観客が心温まる思いを抱いて映画館を後にすることができる映画だ。公演のクライマックスでジュディが歌えなくなったとき、舞台の彼女に向かってさし出されたファンの温かい歌声。。。涙なしには観られません。
 ゲイとして虐げられてきた人々へ寄せるジュディの共感も、今の時代ならでは描きかただとおもったのだが、実は彼女が今も語り継がれる「ゲイのアイコン」だったとは知らなかった(恥)。なるほど、だからゲイパレードの旗印はレインボーフラッグなんだ。
2019
JUDY
アメリカ  Color  118分 
監督:ルパート・グールド
製作:
デヴィッド・リヴィングストーン
原作戯曲:ピーター・クィルター
脚本:
トム・エッジ
音楽:
ガブリエル・ヤレド
出演:
レネー・ゼルウィガージェシー・バックリー、フィン・ウィットロック、ルーファス・シーウェルマイケル・ガンボン

エルネスト

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 チェ・ゲバラの最期の闘いに同行して死んだ日系人の遺族の手記を元に映画化された。ゲバラ没後50年の企画である。

 映画は1959年の日本から始まる。来日していたゲバラはいつでもどこでもあの軍服姿で、予定になかった広島行きを組み、原爆慰霊碑の前に立つ。この場面でわたしはゲバラの娘が2008年に、息子が2017年に広島を訪れたという報道を思い出した。

 ボリビアに住む日系2世のフレディ前村は、貧しい人を救うために医師になると決意してキューバに留学する。医学の勉強はとても難しく、フレディは猛勉強に明け暮れるが、大変優秀な成績を収める彼は同級生からも一目置かれている。

 ボリビア訛りのスペイン語を習得したオダギリジョーは偉い。その努力は認めるが、いかんせん映画が地味すぎる。1960年代初頭の若者はあんなに品行方正だったのだろうか。好きな女性に全然積極的にアタックしないなんて、いくら血統が日本人でも大人しすぎるだろう。

 大義と正義のために学業を途中放棄してゲバラの軍に志願したフレディは、祖国ボリビア解放のために山岳ゲリラ戦を戦う。ともに外国出身の医学者という共通項を持つゲバラに、「エルネスト」という栄誉あるコードネームを与えられたフレディは使命感に燃える。しかし、山岳での戦いは革命軍が圧倒的に不利だった。

 キューバ革命キューバ危機、ボリビアの軍事クーデータといった当時の背景を知っている人間がみれば興味深い映画ではあるが、ほとんどの日本人がそういったことを知らないのだから、この映画のヒットは難しい。実に残念だ。オダギリジョーの演じた礼儀正しい日系人ネトウヨが喜びそうな「清く正しく賢くお国のために散る日本人」像にぴったりなんだけどね。ある意味、そういう面が危うくも映る。 

 やはりこの映画のゲバラは英雄像にふさわしい。清貧で熱意に溢れ、意気盛んで謙虚、そして正義感の塊のような人。ゲバラといいフレディといい、彼らのような人はもう今では稀有な存在ではないか。社会主義が大いなる失敗だったとわかった今、キューバ革命の意義もかつてのような手放しの評価は与えられないだろう。キューバの国策映画みたいな本作だが、実は日本からの持ちかけ企画だそうで、革命に殉じた若者の魂を慰撫する格調高い作品に仕上がっている。最後がちょっとあっけないのが残念ではある。(Amazonプライムビデオ)

2017
日本 / キューバ  Color  124分 
監督:阪本順治
製作:
椎井友紀子、アルマンド・オリベーラ・ノダルセ
脚本:
阪本順治
撮影:
儀間眞悟
音楽:
安川午朗
出演:
オダギリジョー永山絢斗フアン・ミゲル・バレロ・アコスタ、ロベルト・エスピノーサ・セバスコ、ルイス・マヌエル・アルバレス・チャルチャバル、ジゼル・ロミンチャル

私の知らないわたしの素顔

f:id:ginyu:20200302223908j:plain SNSの世界で他人になりすまし、疑似恋愛の深みにはまっていく中年女性を描いたスリリングな物語。

 映画の巻頭まもなく、都会の夜景を見下ろす高層マンションの天井高の窓にはりつくセックスシーンにぎょっとしていると、次のシーンではこの裸の女性が50代の大学教授であることがわかる。この冒頭のシーンは性依存症の男を主人公とする映画「SHAME -シェイム」を彷彿とさせる、ある意味おしゃれな場面だ。

 女性教授の名はクレール。演じたジュリエット・ビノシュは55歳で体当たり演技を見せている。多少老けたとはいえ、十分美しい。夫と離婚したクレールは年下の恋人とつきあっていたが、あえなく振られてしまう。恋人とどうしても連絡をつけたいと思ったクレールは恋人の友人であるアレックスに近づくため、Facebook若い女性になりすまして言葉巧みにアレックスの関心を引き、彼と懇意になる。

 ところが、もともとの目的から逸脱してクレールはすっかりアレックスに夢中になってしまう。アレックスもまたクレールが送ってきた偽のプロフィール写真に魅せらる。電話番号を交換した彼らは頻繁に電話をかけあうようになり、互いにどんどん惹かれあい、アレックスはクレールに会いたいと熱望するようになる。だが、年齢も顔も名前も偽っているクレールはアレックスと会うわけにはいかない。逢いたいのに逢えない、その気持ちが募り、やがて二人は深みにはまりつつも破局へと向かい……。

 他人になりすまして連絡を取り合うという基本コンセプトはなにもインターネット時代に特有の事象ではないだろう。手紙による文通でもなりすましは十分可能だから。しかしネット時代は容易に二人の距離を近づけてしまう。アレックスに見つからないように彼の姿を覗き見するクレールの熱いまなざしが切ない。見つかりそうで見つからない、会えそうで会えないスリルが映画を盛り上げていく。

 クレールは自分のこのような姿を主治医の精神科医に赤裸々に告白して相談している。精神科医はクレールよりさらに年を取った女性であり、クレールの挑発的な態度に怒りを見せることもなく冷静に患者として彼女を扱っているが、患者と医者との間の緊張感もまたこの映画の見どころだ。

 幾重にも張り巡らされた緊迫の糸が観客を画面に引きずりこむ。高い位置からのカメラが絶妙の緊張感と息をのむ美しさを醸し出すカメラも凝っている。ドローン撮影によるポンピドゥセンターやドーバー海峡の場面は誰もが息をのむだろう。

 クレールのような知性も美貌も併せ持った稀有な女性ですらも、「捨てられた」という衝撃には耐えることができないのだ。そして、その原因が自分には抗うことのできない年齢のせいだと思うことによって、彼女の絶望感はいや増す。

 緊迫の巻頭からスリリングな中間部、そしてどんでん返しが続くラストへと観客を騙しながら進む物語は、一人の女の哀しい自分語りと自己防御の物語へと転がっていく。これは中年を過ぎた女だけのことではなく、孤独にさいなまれるすべての人々にとって大きな陥穽をあけて待ち構える「つながる歓喜と装う悪戯心」を刺激するSNSの底知れなさを垣間見せる恐るべき作品だ。しかし、本当に怖いのはSNSではない。クレールの心の傷が最後に明かされるとき、愛を失うことの絶望と復讐に観客は震撼するだろう。

 頭のいい人間はさほど罪悪感もなく人を利用する。そのしっぺ返しがいずれやってくることもしらず。いや、知っていてもさらに狡知を使って次の手を打つ。しかしその狡知はいずれわが身を蝕む。。。。

 テーマ音楽は物悲しく美しく、映画が終わってからも切なさと戦慄が尾を引く。 (機関紙編集者クラブ「編集サービス」誌に執筆した記事に加筆)

2019
CELLE QUE VOUS CROYEZ
フランス / ベルギー   101分

監督:サフィ・ネブー
製作:ミシェル・サン=ジャン
原作:カミーユ・ロランス
脚本:サフィ・ネブー、ジュリー・ペール
撮影:ジル・ポルト
音楽:イブラヒム・マールフ
出演:ジュリエット・ビノシュ、フランソワ・シヴィル、ニコール・ガルシア、マリー=アンジュ・カスタ、ジュール・ウプラン、ギヨーム・グイ、シャルル・ベルリング

マザーレス・ブルックリン

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 今年初映画館。なんでこんな地味な作品を選んでしまったのだろう。観客はほとんどいないではないか! スター俳優ぞろいなのに派手な場面がほとんどない作品で、エドワード・ノートンの演技を見るための映画だった。
 本作の魅力の一つは音楽。ブルックリンの黒人街のクラブでかかるジャズが素晴らしくて、いつまでも聴いていたくなった。物語の舞台は都市化が進む1957年のニューヨーク。いわゆる「ジェントリフィケーション」が問題となり、住民の反対運動が組織されていく。そこに主人公が勤める探偵事務所の社長殺害事件がからみ、社長を恩人と仰ぐ主人公が事件の謎を解いていく、というサスペンスである。その主人公の青年ライオネルを演じるのが既に中年になっているエドワード・ノートンなのだが、彼はかなり頑張って違和感なく若者役を演じている。
 ライオネルはトゥレット症候群の患者で、自分の意志とは関係なく言葉を発してしまったり奇声をあげたり手が動いたりする。その一方で驚異的な記憶力を持ち、才能を生かして事件を探っていくのだ。だが実は謎解きの醍醐味はあまりなく、犯人は最初から観客には提示されているようなものである。そのうえ登場人物が多くて人間関係や人物像がよくわからない。キャラクターの提示が手際よいとは思えなくて、途中でしんどくなってしまった。
 全体としてはレトロな雰囲気もよく、格差社会や人種差別に触れていく社会派の味付けは、トランプ大統領への批判ともとれる。もうちょっとストーリーが整理されていたらなおよかった。 地味な映画だけれど、多くの人に見てほしい作品だ。
 2019
MOTHERLESS BROOKLYN
アメリカ 144分 
 
監督:エドワード・ノートン
製作:
ビル・ミリオーレ、エドワード・ノートンほか
原作:ジョナサン・レセム
脚本:
エドワード・ノートン
撮影:
ディック・ポープ
音楽:
ダニエル・ペンバートン
出演:
エドワード・ノートンブルース・ウィリスググ・ンバータ=ロー、アレック・ボールドウィンウィレム・デフォー

最高の人生のつくり方

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 軽妙なセリフの応酬が素晴らしく小気味いいなぁと感心。脚本がよいね、この作品は。シニア世代に夢と希望を与える楽しいロマンス。
 マイケル・ダグラス演じるオーレンは不動産営業マンとしては抜群の腕かもしれないが、嫌みな男である。そろそろ引退を考えているのだが、最後に売ってしまおうと思っている大きな物件がなかなか売れない。それは実は彼の持ち家だったのだ。高級仕様の内装が自慢の邸宅は広く明るく、庭の芝生も美しい。一方、今彼が引っ越しまでの仮住まいとして住んでいるアパート(日本でいうところの「ハイツ」みたいな)は4戸1棟の賃貸。狭くて暗いのだが、日本の賃貸に比べたら段違いに広い。
 その彼の元に疎遠だった息子がやってきて、「娘(つまりオーレンの孫)を預かってほしい」と頼み込む。初めて見る9歳の孫娘に戸惑うオーレンは隣家のリアに助けを求めた。ここから二人のロマンスまでは一直せ~ん。というわけにはいかないのがもちろんコメディだからね。
 予想を覆すような展開もないしノリはあくまで軽く、シニアの恋愛ものなんて客も入らないから劇場未公開になったのだろうけれど、わたしはとっても楽しめた。ダイアン・キートンの歌が上手いのには驚いたし、最後の「いそしぎ」なんてほんとに聞かせてくれる歌だった。孫娘も超かわいいし。
 ただし、邦題の付け方が安易なのが困る。ヒット作に似たタイトルをつけるのはやめてほしいわ~。ややこしい。(Amazonプライムビデオ)
2014
AND SO IT GOES
アメリカ   94分
 劇場未公開
 
脚本:マーク・アンドラ
音楽:
マーク・シェイマン
出演:
マイケル・ダグラスダイアン・キートンスターリング・ジェリンズ、ロブ・ライナースコット・シェパード