エジソンの名前は小学生でも知っているが、テスラはそうではない。恥ずかしながらわたしもその名を知ったのは、2007年に映画「プレステージ」を見た時だった。アメリカでは有名なテスラも日本ではさほど知られていないというのが難点だが、”直流のエジソン”と”交流のテスラ”の「電流戦争」(原題)の闘いが、情報戦として描かれているところが興味深い。
研究者としてまったく違うタイプであったというエジソンとテスラは、それぞれが自説にこだわりをもち、一歩も譲らない。特許権などの権利もからんで、さらにはそこに有名な実業家が援助と共同事業をもちかけてきて、二人の闘いは”エジソンとJPモルガン組”対”テスラとウェスティングハウス組”とが広報戦を繰り広げることとなった。
メディアを利用した情報戦略を練るエジソンは、まさに時代の申し子のような研究者だったのではないか。ベネディクト・カンバーバッチが演じるエジソンは陰気で怒りっぽく、敵を貶めるためには「交流電気は人を殺す危険なものだ」と言い張り、その証拠を見せるために記者たちの前で次々と家畜を電気処分していく。ついには死刑囚の処刑に電気椅子を提案して、電気が人を殺せることを証明する。あくなき闘いのエスカレートぶりには恐れ入る。
一方のテスラはエジソン以上に奇矯な性格だったと言われているようだが、映画の中では紳士的な美男子として描かれている。エジソンとたもとを分かったテスラは、著名な実業家かつ発明家のウェスティングハウスと組むことになる。
エジソンは自身の発明のためには寝る間を惜しんで膨大な実験を繰り返した、努力の人である。しかし彼が仕事に没頭している間に愛妻が若くして亡くなってしまう。自らの発明品である蓄音機に録音した愛妻の声を何度も繰り返し聴いているエジソンが憐れだ。
他方、ウェスティングハウスの妻は美しく賢く、魅力的に描かれている。いずれにせよ、役者はみな大変巧演しており、一癖も二癖もある人物を演じているのでその演技合戦も見ものだ。
電気、電灯、電話、映画、といった新しい発明品に人々が心を躍らせた時代の息吹を感じることのできる美術の力にも注目。とりわけ、1893年のシカゴ万博で交流電燈が一斉に灯る場面などは圧巻である。この万博ではアジアからの出展が見世物らしさを装って描かれているのも面白い。
この電流戦争の勝敗はすでに決着がついているので、誰もが結果を知っているわけだが、本作ではその細部の陰鬱な駆け引きと、時代劇らしいプロダクションデザインを堪能したい。ラストシーンはナイアガラ瀑布が画面いっぱいに映し出される。ここはウェスティングハウスが発電所を建てたことで有名だ。水煙を背景に憔悴するエジソンの姿がこの闘いの結末を物語っていて切ない。
2019
THE CURRENT WAR: DIRECTOR'S CUT
アメリカ Color 108分
監督:アルフォンソ・ゴメス=レホン
出演:ベネディクト・カンバーバッチ、マイケル・シャノン、ニコラス・ホルト、トム・ホランド