吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

オマールの壁

  重い話ばかりが続くのはつらいが、心に深い澱を残し、どんよりと曇ったままの衝撃的な作品だった。ハニ・アブ・アサド監督は「パラダイス・ナウ」でもパラダイスという皮肉な命名によってパレスチナの悲劇を描いた。同じく本作でもパレスチナ解放のために闘う青年の、未来の見えない状況を映し出す。
 主人公はパン職人のオマール。彼が住むパレスチナ自治区にはイスラエルが築いた分断壁が聳える。しかし銃声をものともせず、オマールは危険を冒して壁を残り超えては友達や恋人に逢いに行く。彼はイスラエル軍への抵抗運動に身を投じる戦士でもあった。ある日イスラエル警察に逮捕されたオマールは拷問に遭い、スパイになるよう強要される。オマールは恋するナディアとの生活を夢見てスパイを引き受けるのだが。。。
 二重三重に騙し合いが絡まる、やるせない展開。恋人との楽しい未来を夢見る普通の青年が、イスラエル占領地のパレスチナに生きているというその偶然に置かれた立場によって、抵抗運動へと身を投じていく様子を映画は淡々と描いていく。彼の生き方が正しいのかどうか。もちろんイスラエルの圧政・残虐も描かれているが、同時にその先端で兵士となっている若者も命を落とすのだ。イスラエル兵だからといって彼らの若い命を抹殺していいのだろうか。心がざわつく展開だ。
 恋に傷つき、裏切りに傷つき、憎しみにとらわれたオマールが取った選択肢は、結局のところこの泥沼の闘いに終わりがないことを告げただけだった。
 時間の経過がやや唐突な点が残念だが、最後の最後まで衝撃が走り、心に強く残る作品だ。(レンタルDVD)

OMAR
97分、パレスチナ、2013
製作・監督・脚本:ハニ・アブ・アサド
出演:アダム・バクリ、リーム・リューバニ、サメール・ビシャラット