ここ数日の韓国非常戒厳令騒ぎとそれを撤回させた民衆の力に驚き感動していたら、9月にこの映画を見たことを思いだした。
韓国で歴史的大ヒットを記録したという実録もの。確かに最後まで強度の緊張が続く、面白い作品。結末を知っていても手に汗握らせる演出が優れている。しかも大変わかりやすい。それは白黒・善悪がはっきりしているからだ。登場人物が多いのでその点はわかりにくいと言えるかもしれないが、さしたる難点でもない。1979年12月12日の政治クーデータとその後の80年光州事件は多くの韓国人が覚えている現代史なのだから、それはもう思い入れ深く見た観客が多かろうと想像がつく。
本作の主人公がチョン・ドゥファン(全斗煥)であることは言を俟たないが、わざわざチョン・ドゥグァンという役名にしているのは、細部がフィクションだというエクスキューズのためか。そして、彼の敵となる軍人は実在のチャン・テワン(張泰玩)をモデルとする、首都警備司令官のイ・テシンである。
見た目も人柄もすべてがチョン・ドゥグァンよりイ・テシンが上なので、どちらが悪者かは一目瞭然である。観客は当然にも全員がイ・テシンの味方であり、イ・テシンを応援して手に汗握っている。イ・テシンの人徳や高潔さが光り輝き、一方のチョン・ドゥガンの下劣な人間性が強調され、掃き溜めに住むような軍人であることに吐き気を催す。
この映画には何人も重要な実在の人物が登場する。全員が役名を与えられているので映画の中ではフィクションということになっているが、そんな面倒なことはせずに全員実名で登場させればよかったのに。
その重要人物の一人は大統領である。朴正煕大統領が暗殺されて、その後に大統領代行となった崔 圭夏(チェ・ギュハ)がそのまま正式な大統領に就任し、彼は彼なりに民主化を進めようとした。なので、全斗煥がクーデターを起こすまでのわずか2カ月足らずほどの間を「ソウルの春」と呼ぶわけだが、その春の中で精いっぱい彼は大統領としての矜持を守った。この映画でも、チョン・ドゥガンに参謀総長の逮捕命令を出すよういくら迫られても、決して署名しなかった場面が繰り返し描かれる。思わず胸が熱くなる場面である。
映画を見ながら、わたしはいろいろなことを思い出していた。「そうだ、空挺団がソウルに進撃したのだった、第9空挺団だ」といった情報を、だ。しかし当時わたしが知っていたのはクーデータが成功した後に報道されたことだけであって、この映画に描かれたような細部はまったく知らなかった。ソウルで内戦一歩手前まで軍隊同士の対峙があったこと、命がけで全斗煥と戦おうとした軍人が居たことも。
ここまで緊迫した映画を最近あまり見ていなかったので、見終わった瞬間にはとてつもない傑作を見たという満足感に満たされて劇場を後にした。しかし、一晩経って冷静になってみると、この映画は軍人と軍人の衝突を描いたものであり、つまりは戦争映画なのだ。戦争映画のアクションとスリルがこの上なく盛り上がるエンタメ作である。軍人同士の戦いの中には市民の姿はほとんど見えない。労働者のストライキも学生運動も民主化闘争も描かれていないのだ。そこが残念な点である。と同時に、軍の暴力には軍事力で立ち向かうしかないのだろうかと暗澹たる気持ちになる。
軍事クーデータはもちろん政治の延長線上にある。だからチョン・ドゥガン(全斗煥)は「失敗すれば反逆、成功すれば革命」 と嘯いてクーデータへと突き進んだ。薄氷を踏む思いで成功させたことがこの映画をみるとよくわかる。なんでわざわざフィクションと断ったのか謎だが、実録ものである以上、起きたことはほぼそのまま「史実」なのだろう。
歴史を知らない若者にこそ見てほしい映画だ。悪を倒すためには戦争は止められないのか。絶望が支配する今の世界情勢へと思いを馳せる結末でもあった。
2023
12.12: THE DAY
韓国 142分
監督:キム・ソンス
脚本:キム・ソンスほか
撮影:イ・モゲ
音楽:イ・ジェジン
出演:ファン・ジョンミン、チョン・ウソン、イ・ソンミン、パク・ヘジュン、キム・ソンギュン