吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

COLD WAR あの歌、2つの心

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 個人的な好みから言えば、今年ナンバーワンの作品。もう一度見たいものだ。
 極端な省略で綴る大河ドラマは、1949年から15年間の激しい恋の物語。鉄のカーテンの東西を往還しつつ、恋人たちは求めあい、また離れていく。
 省略された行間は音楽が埋める。これは優れた音楽映画でもある。モノクロ映像と音楽が描く切ない愛は、映画でなければ表現できない物語を観客に差し出してくれた。こういう映画が見たかったのだ!
 1949年ポーランドの地方都市、少女ズーラは新しく設立された民族舞踊団に入団する。教師でピアニストのヴィクトルは入団テストの時からズーラに注目していた。ほどなく彼らは愛し合うようになる。西側の音楽に惹かれるヴィクトルは当局の監視の目が光る祖国を捨てて亡命を決意する。彼についてくるはずだったズーラは約束の時間に現れない。
 それから2年後、ヴィクトルはパリで映画音楽の作曲などで業績を上げている。いまや舞踊団の花形となったズーラが公演のためにパリにやって来て、二人は劇的な再会を遂げる。この邂逅で二人はまた燃え上がる。だが二人の幸せは長くは続かない……。
 二人は何度も出会い、別れ、また出会う。1959年、ついにはズーラを追って祖国に戻ったヴィクトルは亡命の罪を問われて懲役15年の刑に服することになる。しかし「必ずあなたを救い出してみせる」と誓ったズーラ、1964年にはようやくヴィクトルを出所させる。だがそのために彼らが払った代償は大きかった。。。。
 ストーリーを追えば、それなりの波乱万丈の物語。冷戦がなければ一緒になれた二人だったかもしれないが、いや、冷戦がなくても、二人はカフカとその恋人のように「離れては暮らせない。一緒にいては死んでしまう」という関係だったのではないか。「あなたと共に生きられない。あなたなしに生きていけない」
 ズールとヴィクトルはパヴェウ・パヴリコフスキ監督の両親をモデルにしているという。主人公たちの名前も両親からとった。だが、二人の職業など基本設定はかなり変えてある。
 ズーラの歌う「オヨヨ~」という民謡をもとにした様々なアレンジの哀しい曲が耳について離れない。そしてモノクロ映像の豊かなニュアンスにほれぼれする。スクリーンの横幅が狭く、窮屈な画面だと思っていたのもつかのま、そんなことはすっかり忘れて、むしろこの映像世界の深い奥行きに魅了されていった。
 この作品はパリにいる愚息Y太郎に強く勧められた。Yの担当教授(映画学)が絶賛していたという。Yもさすがに自分の母親の趣味がよくわかっている! フランスでは中年女性に大人気だというこの作品、確かにそうだろう。ただひたすら恋する心を描いたこの映画はフランス人が好みそうだ。
 セリフも状況説明も極端に削りながら、すべて理解できてしまう、それは観客がズーラの心を読み取れるからだろう。演じたヨアンナ・クーリクの陰影のある演技も素晴らしかった。その物憂い瞳で睨まれると誰もが心を見透かされたような気分になる。激しい愛に身を焦がし、彼のためならば誰とでも(偽装)結婚することもいとわない。そう考えれば、彼女に利用された男たちは気の毒としかいいようがない。彼らの恋のために踏み台にされた人々の嘆きがこの映画の遠い幕間から聞こえてきそうだ。
 わたしがこの10年近くずっと聞きたいと熱望していた「スターリンカンタータ」がこの映画の中で演奏される。わたしにとってはここだけでも鳥肌が立ちそうなほどの感動場面だ。これほど悲し気な曲だったとは! もちろんいまやyoutubeでもスターリンカンタータ(らしきもの)は聞けるのだが、この映画で上演された完成度には及ぶまい。この曲は大阪で開かれたスターリン追悼大会(1953年3月)で歌われた曲だ。その証拠となるポスターを当館エル・ライブラリーは所蔵している。やっと曲そのものを聞けたことがなにより。
 堅苦しい感じもする民族音楽に始まり、ジャズ、ロックへと歴史を追う現代音楽史の映画とも言えそうなこの映画は、なによりもヒロイン・ズーラを魅力的に描いてあまりある。カメラはずっと彼女をアップで追い続ける。そして彼女が透き通った声で歌う悲し気な曲を、年の経過と共にハスキーなジャズへと変えていく。
 この映画の魅力を語っていたらいくらでも文字数を喰ってしまう。それほど、好きな作品だ。歴史と政治と音楽と恋愛と。これほどわたしの大好きな要素を詰め込んだ映画は見るしかない! これを薦めてくれたわが息子Yに感謝。彼に言わせれば「フランスのおばはんが大好きな映画」だそうで。やっぱりわたしは「フランス人」だったと再確認した映画です。

2018

ZIMNA WOJNA
上映時間 88分
製作国 ポーランド/イギリス/フランス
監督: パヴェウ・パヴリコフスキ
製作: ターニャ・セガッチアン 、エヴァ・プシュチンスカ
脚本: パヴェウ・パヴリコフスキ、ヤヌシュ・グロワツキ
共同脚本: ピョートル・ボルコフスキ
撮影: ウカシュ・ジャル
出演: ヨアンナ・クーリク、トマシュ・コット、アガタ・クレシャ、ボリス・シィツ、ジャンヌ・バリバールセドリック・カーン