吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2030年ごろかも。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ブラックバード、ブラックベリー、私は私。

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 今年の2月ごろに映画館で見た。

 舞台設定の余りの古臭さと、ヒロインの仏頂面とオフビートの展開に「これはひょっとしてカウリスマキ  監督の映画だったんだろうか?」と途中から疑心暗鬼になってしまったわたくし。いや実際はジョージアの映画でありました。ほとんど60年ぐらい前の日本の田舎みたいな佇まいの商店には驚くばかり。

 史上これほど「いけてない」ヒロインも珍しいのではないか。裸になったら一層そのカバのようなウミウシのような巨大な肢体が画面からはみ出しそうになるぐらい豊満な中年女性の迫力には驚くばかり。というか、ちょっと目をそむけたくなってしまった。ま、他人のことは言えません(汗)。

 若くて美しい女ばかりが主役を張るんじゃないよ! と言わんばかりのこの映画の迫力と開き直りぶりは天晴である。

 して、物語は。ジョージアのどこかの村で小さな雑貨店を営むエテロという48歳の女性が主人公。彼女はある日、崖から落ちかけて自分の「死」を意識する。そのせいで、出入り業者の初老男性と突然性交した、というあらすじが公式サイトなどに書かれているのだが、そのあたりの描写に説得力があるとはわたしには思えない。

 そもそも崖から落ちかけたというけれど、大した崖ではない。そんなことを言えば私の亡父が10歳ぐらいのときにリヤカーに近所の子どもたちを乗せて崖から転落させたという大事件のほうがよほど命に係わると思う。

 しかし物語の展開上、これが転機となってエテロは性に目覚めて48歳で「処女を失う」。こういう表現も適切かどうか疑問に思うけれど、映画の中ではエテロ自身がそのように叫ぶ(ようにつぶやく)。そこからは、突然この相手の初老の男性(孫もいるのだ)ムルマンとの逢瀬が始まる。ムルマンのほうがどちらかといえばエテロに夢中になり、エテロに迫りまくる。

 さて、ここで問題はこの恋愛関係が婚外であること。しかしムルマンはそれなりに本気らしくて、エテロに「すべてを捨ててトルコに来てくれ」などと迫ってくること。エテロは48歳まで独身で生きてきたのだ。今更他人と暮らすなんて、という。この気持ちはめちゃくちゃよくわかる。そして自立した女性である彼女は、セックスが女性を自立させるわけでもないことを知っている(実はこのあたりの描写の時にすっかり爆睡していたので肝心の場面を見ていないけど、劇場用パンフレットを読んだらそんなことが書いてあった)。

 村の女性たちの好奇の視線の的になりながら、それを気にするふうもなく決然と自分の生きる道をゆくエテロには感嘆する。彼女の力強い視線や眉(この太い眉はフリーダ・カーロのよう!)のある意味恐ろしい感じも、映画的には全然美しくないのに引き込まれてしまう。

 いろいろあって、最後は驚くべき展開に。果たしてエテロの幸せはどこにあるのだろう。この結末は論争になるのでは、と思った。

2023
SHASHVI SHASHVI MAQ'VALI
ジョージア / スイス  Color  110分
監督:エレネ・ナヴェリアニ
原作:タムタ・メラシュヴィリ
撮影:アグネス・パコズディ
出演:エカ・チャヴレイシュヴィリ エテロ
テミコ・チチナゼ ムルマン