吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

今宵、212号室で

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 いかにもアムール(愛)の国フランスらしいコメディ映画。
 結婚して20年経った夫婦、今やもう恋愛対象ではなくなってしまった夫に内緒でちょっとした浮気ぐらい、ありえるでしょ! というお気楽なヒロインは司法史を教える大学教員マリア。このインテリ女性は親子ほど年の離れた教え子と寝てしまうし、それだけではなくてもう何人いるんですか、あなたの愛人は! という笑うしかない状態。いや実に羨ましいと言うべきか、夫が気の毒というべきか。
 そんな開放的なヒロインを演じたのはキアラ・マストロヤンニ。かのカトリーヌ・ドヌーブマルチェロ・マストロヤンニの間に生まれた女性であり、御年48歳になるのだが、たいそう美しい肢体をのびやかに画面いっぱいに露出している。カトリーヌ・ドヌーヴの人間離れした美貌に比べれば、娘キアラは普通に美人なので安心して見ていられる。この映画はキアラの魅力でもっていると言っても過言ではない。「顔が汚くなった」と劇中のセリフでも言われているとはいえ、そんな自虐ネタにもめげず、キアラは全力で肉弾戦を展開!
 さて物語は、マリアの浮気が夫リシャールにばれるところから始まる。マリアは「結婚生活20年。ちょっとしたアバンチュールぐらいあるでしょ、お互いに!」と開き直るが、リシャールは「いいや、(結婚前も含めて)25年間一度もない」と首を振る。喧嘩の末にマリアは家を出て、自宅アパートの前にあるホテルで一夜を明かすこととする。妻が自宅の目の前にいることも知らず、リシャールは荒れる。一方マリアのホテルの部屋には突然25年前のリシャールが現れる。それだけではなく、次々と時空を超える人びとが現れて、摩訶不思議な一夜が始まるのだった…。
 マリアは若き日の凛々しく美しいリシャールに驚くが、かつて恋したその姿が懐かしくも嬉しい。リシャールが結婚前に恋していた年上の女性イレーヌも登場して、しかも自由自在に現在のリシャールのところにも出向いてしまうものだから、空前絶後の三角関係が発生する。25歳と50歳のリシャール。そして現在のイレーヌとマリア。いったいこの4人はどうなるのか?
 映画のテーマは結婚生活について。長く夫婦を続けるうちに忘れてしまった相手への恋心を、若き日の恋したころの相手の姿をみることによって蘇らせようとするものだ。そして、「この人と結婚したのは間違っていたのか否か」という問いに直面することとなる。
 コメディかつファンタジーなのでお話は荒唐無稽で時空は自由自在に飛び、いきなり現れる無関係な有名人がなにやらありがたくもおせっかいな説教を残していく。パリに住むインテリの恋愛模様は多くの観客にとって、しょせん絵空事のように映るかもしれない。反発するにせよ面白がるせよ羨ましがるにせよ、遠い世界のブルジョアの話。高校生時代の少年リシャールがはるか年上の教師に愛を告白する場面はマクロン大統領をなぞらえているのか。
 というわけで、夫婦の絆は過去と未来に向けて紡ぐもの、人の運命はいつなんどきどこに転がるかわからない、というおとぎ話。愛と自由について共感できる人は快哉を叫び、そうでない人は眉を顰めるかもしれない、楽しい映画。ハッピーエンドなのかどうか微妙なラストシーンもいい。マリア、この人の浮気は一生治らないね(笑)。

2019年製作/87分/R15+/フランス・ルクセンブルク・ベルギー合作
原題:Chambre 212
監督:クリストフ・オノレ
脚本:クリストフ・オノレ
出演:キアラ・マストロヤンニ、バンサン・ラコスト、カミーユ・コッタン、バンジャマン・ビオレ