「この身体を何年も使ってなかったなんて」「きみの身体に夢中だ」「恋してしまったよ」
妻がいる男にとっては女はアバンチュールの相手でしかないのか? 次第に女は「愛人」であることに耐えられなくなる……。
いかにもフランス映画。レア・セドゥの美しい裸体を背中から拝めるワンカットはまるで絵画を見ているようだ。このワンシーンをわざわざ入れたところにミア・ハンセン=ラヴ監督の好みが表れているように思う。
主人公のサンドラは5年前に夫を亡くし、シングルマザーとして8歳の娘を育てているうえに、認知症を患い始めた父の介護にも手を取られている。そのような困難な状況にある彼女が偶然にも亡夫の友人クレマンと再会し、深い仲になる。という物語なのだが、これがあまりじとじとした話にならない理由は、登場人物が全員経済的に余裕があるからだろう。生活苦に陥っているふうもないシングルマザーは決して裕福というほどでもないかもしれないがパリのアパルトメントに住み、別居している父は哲学者である。施設に入った父の書斎に残されている大量の書籍に囲まれてその処理に困っているが、彼女もまた通訳という専門職についているし、恋人のクレマンも地球物理学者だ。
哲学者だった父が記憶を徐々に失い自己を見失い娘のことも定かでなくなっていく、その姿は娘にとっては衝撃でありこれは精神的にはとてもつらい。かつてわたしの
両親が精神的肉体的に徐々に壊れていった時、わたしも精神的にとても疲れたことを思い出す。いろいろと他人事と思えないシーンが続く。
サンドラの両親は20年前に離婚しているが、認知症の父と違って母はいたって元気である。かつての夫のことを冷ややかに見ているこの母のあっけらかんとした振る舞いもなんだか微妙な感じで興味深い。父には恋人がいて、その彼女が父の身の回りの世話をしてくれているのだが、恋人なのか家政婦なのか判然としない。いろいろとフランス的といえばいいのか、日本人であるわたしからは驚きのような場面が続く。例えば、8歳の娘が自分の母とその恋人が同衾しているベッドにもぐりこんできても互いに平気な顔をしているとか、この国は婚外恋愛にこんなにタブーがないのかと驚いてしまう。
原題の「ある美しい朝」(よい天気の朝、というぐらいの意味か)というフレーズ通りの朝の風景がラストシーン。このあと彼女と彼はどうなるのだろう。父の病気は進行するしかないだろう。淡々とした日常生活、その淡々の中に実は一歩間違えればとんでもない修羅場が展開されそうなタネがいくらでも転がっている。それでも朝は太陽が輝き気持ちがよく、パリの街並みも美しい。それが人生、これが人生、ということか。(レンタルDVD)
2022
UN BEAU MATIN
フランス / イギリス / ドイツ Color 112分
監督:ミア・ハンセン=ラヴ
製作:フィリップ・マルタン、ダヴィド・ティオン
脚本:ミア・ハンセン=ラヴ
撮影:ドゥニ・ルノワール
出演:レア・セドゥ、パスカル・グレゴリー、メルヴィル・プポー、ニコール・ガルシア、カミーユ・ルバン・マルタン
