92歳の誕生日を子どもや孫に囲まれて迎えたマドレーヌは、家族の前で「二か月後に死ぬ」と宣言する。もはや自分でできないことが増え、もう生きている気力がなくなった、というのがその理由だ。しかし家族はまったく納得せず、大反対。そりゃそうだわな、92歳とはいえ元気だし、ヘルパーさんに助けてもらいながらも一人暮らしを続けている。トイレだって自分で行けるし、杖をつけば一人で歩ける。料理だって作れる。なんで死ぬわけ? 末期癌でもないでしょうに。
と、ふつうに誰もが不思議に思うところなのだけれど、マドレーヌは頑固でその決意は固い。わたしは「変なおばあさんだなぁ。うちの両親に比べたらダントツに元気な老人じゃないの」と思っていたところ、このお婆さんの過去が少しずつわかってくる。
そう、マドレーヌは助産婦だったし、その昔は社会運動家だったのだ。恋多き女として生きた彼女は結婚してからも何人も恋人を作っては出奔していた。なるほどねぇ。マドレーヌばあさん、恋と革命のために生きていたのか! 俄然ファンになりましたよ、なんて素敵なおばあちゃん。さすがフランス人! そうなると、かつてのような社会活動もできない不自由な身になったらもう生きる気力を失うというのもわからないわけではない。
実際、最初は大反対していた娘のディアーヌも、徐々に弱っていく母親の姿を見てその世話をするうちについに「尊厳死」に理解を示すようになる。最後まで反対していたのは息子のピエールだ。恋人を作って自分たちを捨てた母親に対する恨みはまだ消えていないようだ。そして母を愛する気持ちも強い。息子のこの気持ちもわからないではない。愛を求めたのに、母は外の世界に夢中になっていた。活動家の母親は家に寄りつかなかったのではないだろうか。
そんなこんなで、しかしマドレーヌの決意は固く、孫息子が軽いノリで反対しても言うことを聴こうとしない。やがて決行の日が近づいてきた――。
ほんまに死ぬのかしら、このおばあさん。なんだかハラハラするなぁと思って見ていたら、最後に驚いた。これ、実話だそうな。
ディアーヌが母のマドレーヌを風呂に入れる場面がとても印象深い。弱った身体をいたわりながら、じっと母を見つめて優しく足を湯につけ、身体を支えて湯船に入れてやる。その場面にゆったりと流れる時間が濃い。カメラはぐっと寄って娘ディアーヌの顔を大写しにする。娘と言えどももう中高年。皺の寄ったディアーヌ、それでもまだ十分美しいが、瞳に宿る優しさに胸がつまりそうだった。主人公のマドレーヌを演じたMarthe Villalongaはこの時83歳。確かに92歳には見えない。
この映画は誰の立場で見るかによって共感の度合いや評価が分かれるだろう。わたしは家族それぞれの立場が理解できてとても苦しかった。みんなが幸せ、なんてことはありえないんだよね、現実には。そういうことを考えさせられた。(Amazonプライムビデオ)