吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

東京夫婦善哉

https://eiga.k-img.com/images/movie/99461/photo/3f6f8a8479b78edf/640.jpg?1684398794

 気功の第一人者星野稔とその妻でスペイン語翻訳者の星野弥生夫妻の最期のときを映したドキュメンタリー。

 稔がスキルス性胃ガンで余命三カ月~六カ月、抗がん剤治療をすれば2年に延長と診断されたところからカメラが回りだす。気功は免疫力を高めるはずなのに、全然効き目がなくて胃ガンになるし、化学療法を拒否して漢方薬やらサプリに頼っていたら、やっぱり3カ月経たずに稔は73歳で亡くなってしまった。なんという皮肉だろう。

 その後は、亡くなった稔と弥生の夫婦生活を回想する映像へと切り替わっていく。稔の代わりに飼い猫のチャロが人間のようなしぐさや目つきで弥生を見つめている。弥生は稔の遺影の前に座るチャロの姿に、「稔さんが入った(乗り移った)」と嬉しそうに言う。

 二人の出会いは東京外国語大学の学園闘争の中だった。そこから同棲、結婚、子どもが二人できて、稔は病を得たことから気功へと傾倒し。という物語が語られていく。中国へも留学していつしか気功の第一人者となった稔は、いつも女性たちに囲まれていた。

 映画の中で重要な「役割」を演じているのはチャロという名前の猫。わたしは猫が嫌いで、だから映画が始まってすぐに猫と気功の映画ということがわかった瞬間にいやな予感がしたのだが、あにはからんや、このチャロが実に可愛いから驚いた。

 セリフを聞き取りにくいという点もあって、身内にしか通じない会話の箇所が何か所もあり、この夫婦のこれまでの関係がよくわからない。どうやら夫はよそに女性がいてそちらに行ってしまった時期もあったようだが、そのことを妻はさらっと語るだけだ。

 いつが一番幸せでしたか? という問いに「最後です、最後の三か月」という答が返ってきたのは意外だった。「最後にここに帰ってきた」という妻の言葉には、語りつくせない過去の出来ごとの重みがある。

 それにしても、カメラが回っているというのに、この家の散らかりようはなんだろう。ちょっとは片付ければいいのに(苦笑)。この飾らなさと、いつもテーブルいっぱいに並ぶ野菜中心のおかずの数々とお酒がとておいしそうで、そこはいいなあと心から思えたところ。

 結局のところ、夫婦のことは他人にはわからない。だからとても不思議な気持ちがする映画だった。なぜこの男(夫)をそんなに好きだったんだろう。家族をほったらかして自分だけ中国に何度も行ったり、日曜日は家にいることなんかなかったという稔。それでも弥生は稔のことが好きだったんだろう、最期の日々に灸をし、マッサージをしてあげるその手つきの柔らかさが、夫婦にしかわからない「時」の重みを静かに映し出していた。

 この映画を見てほしいと連絡をくださった方の名前がエンドクレジットの最後の「協力者一覧」の中に流れた。しかもご家族一緒にお名前が見えたので、家族ぐるみのつきあいのあった大切な方なのだろうなあとしみじみした。

2023
日本  Color  107分
監督:藤澤勇
プロデューサー:馬場民子
撮影:大久保博恵
テーマ音楽:小泉清人、続木力
監督補佐:吉崎元