吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

最悪な子どもたち

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 フランス北部、イギリスに面する海岸地方にある「ピカソ地区」の労働者用集合住宅に住む子どもたちのオーディション場面から映画は始まる。

 これは映画のメイキング映像なのか? どこまでがドキュメンタリーでどこまでがフィクションなのか、見れば見るほどわからなくなる。ひょっとして全部フェイク? つまり「作り話」なのか、という疑いと混乱が湧きおこり、観客に不安を与える。

 この地方の住民たちは金髪碧眼の人が目を引くことからもわかるように、北欧バイキングの子孫が多そうだ。オーディションを通った少年少女たちは15歳から17歳ぐらいの4人で、彼らの家族も映画に登場して日常生活の一部が映し出される。しかし実はこれもフィクションなのだ。つまりこの映画はすべてがフィクションで、即席の役者となった素人の子どもたちが全部演じている。そこが驚異だ。設定があまりにリアルで、演出なのかどうかもわからないぐらいに人々の生活実態が伝わってくる。

 主要登場人物4人は全員が家庭や成育歴に問題をかかえている「最悪な子どもたち」。彼らのうち、すぐにキレるジェシーは撮影クルーにもくってかかり、挙句の果てには監督にもなぐりかかる。弟を病気で亡くしたリリは学校で「誰とでも寝るビッチ」と呼ばれている。ライアンは落ち着きなく常に身体を動かしている多動性の少年で、父親は蒸発、母親は心の病気になり、今は姉に育てられている。マイリスは心を閉ざした少女で、「役を降りたい。どうせわたしのはどうでもいい役なんだ」と言い出す。このような脚本は、オーディションを行った数千人の子どもたちの経験や暮らしをリサーチすることから生み出されたという。

 いったい何の映画を撮っているのだろうという謎がずっとつきまとい、ドキュメンタリーとフィクションの境界も溶けだしていくうちに、映画の中の人々の表情に観客は引き込まれていくだろう。彼らの生活と家族の問題が迫ってくるが、一方で子どもたちの役者としての成長にも目を見張る。

 演じる自己と演じられる自己が出会うとき、自らの才能を開花させたリリとライアンは泣き笑う。

映画の冒頭で感じた不安定さをいつしか忘れていることに気づき、彼らの笑顔に爽快感をつかむラスト。カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリ受賞も納得の作品だ。

2022
LES PIRES
フランス  Color  100分
監督:リーズ・アコカ、ロマーヌ・ゲレ
製作:マリーヌ・アラリック、フレデリック・ジューヴ
脚本:リーズ・アコカ、ロマーヌ・ゲレ、エレオノール・ギュレー
撮影:エリック・デュモン
音楽:セバスティアン・パン
出演:ロマリー・ワネック リリ
ティメオ・マオー ライアン
ヨハン・ヘルデンベルグ ガブリエル
ロイック・ペッシュ ジェシー
メリーナ・ファンデルプランケ マイリス
エステル・アルシャンボー ジュディス
マティアス・ジャカン ヴィクトル
アンジェリク・ジェルネ メロディ
ドミニク・フロ レミ・カミュ