吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

大河への道

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 なんということもない映画だと思って見始めたが、意外な拾い物。最後は泣かされました。原作が落語だけあって台詞に勢いと面白味が多く、笑いながらも最後にほろっとさせるという心憎い作品。役者が全員、現代編と江戸時代編の二役を演じているのも面白い。

 物語の舞台は千葉県香取市。ここには「伊能忠敬記念館」が建っている。そう、あの日本全図を作成したことで有名な、日本史の教科書にも登場する伊能忠敬は郷土の偉人なのである。で、香取市では観光振興策のために市役所で会議が開かれていた。中高年職員の池本がうっかり「伊能忠敬を主役にすえる大河ドラマNHKに作ってもらえばいい」と言ったものだから、うっかり通ってしまったその案の実現のために、まずは脚本家探しから始めることになった。コンビを組むのはまだ若い木下。この、池本・木下の笑える二人がバディとなり、脚本家の加藤を口説き落とすことから物語は始まることとなる。

 池本が中井貴一で、木下が松山ケンイチ、二人ともほんとうに演技が上手い。そこに絡む脚本家が橋爪功だから、3人の間合いがうますぎて、こんなにうまい役者がそろえば監督は楽ちんやなあと感動してしまう。

 物語はこの現代パートと、伊能忠敬が亡くなった直後からの江戸時代パートの二つにわかれ、それぞれが往還していく。しかしその往還にせわしなさがなく、一人二役にもまったく違和感がない。素晴らしい演出・演技だ。江戸編の伊能隊の測量風景や道具にわたしの好奇心が湧き、「なんとそのようにして日本全図を完成させたのか」と血のにじむような努力にひたすら畏敬の念を抱く。

 この映画には大きな嘘があり、それは「伊能忠敬は日本全図を完成させる前に死んでしまった」というもの。この嘘をいかにして3年間も糊塗していくか。そのあたりの口八丁の胡麻化し方にもスリルとスピード感があってぐいぐい惹きこまれていく。

 クライマックスは地図が完成してお披露目される場面。ここは涙なしには見られない。その素晴らしさにわたしは思わず息を飲んだよ、文字通り。

 この作品は、職務と使命に忠実に生きた現代と江戸時代の人々の「仕事映画」「労働映画」とも言える。お薦め。(レンタルDVD)

2022
日本  Color  111分
監督:中西健二
原作:立川志の輔
脚本:森下佳子
音楽:安川午朗
出演:中井貴一松山ケンイチ北川景子岸井ゆきの和田正人、田中美央、溝口琢矢立川志の輔、西村まさ彦、平田満草刈正雄橋爪功