吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド

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 他者とは何かを考えさせられるラブ・コメディ。ドイツ人がイギリス人に恋するという設定が面白い。

 理想の恋人をAIに演じさせるという実験に参加した中年女性科学者が、半信半疑の理想生活を続けるうちにこの「偽の恋愛感情」に疑問をもつ、というあらすじ。しかしそういうあらすじだけでは説明しきれない面白さがある映画だ。

 そもそも被験者となるのがペルガモン博物館で楔形文字を研究している独身女性という設定に、「インテリの矜持と疑心と孤独」という所与の条件をクリアできるAIの優秀さを見せつけるという、開発者のいやらしい意図が透けて見える。しかも被験者になったアルマは、研究費を援助するというAI業者の美味しい餌につられたのである。研究費不足につけこまれるという設定も現実味があって泣かせる。

 そしてアルマの家にやってきたのは完璧なハンサム青年のアンドロイド。なんと、彼女好みにイギリスなまりのドイツ語をしゃべるという手の込みよう。このアンドロイドは全ドイツ人女性の好みを研究しつくしたデータを搭載しているので、女性が喜びそうなことを率先して言うし、行動もいちいちスマートでかっこよくて泣かせる。しかし、アルマは恋愛に無関心で、「ふん!わたしはそんじょそこらの女とは違うのよ」というプライドでアンドロイドのトムを相手にしない。とはいえ、被験者になった以上はトムと3週間を過ごさねばならない。

 さすがのAIトムは、アルマに気に入られなかったと悟るやたちまち学習を始めて、どんどんアルマ好みの男に変身していく。恐るべし、完璧アンドロイド。ダン・スティーヴンスが演じているので、本当にうっとりするほど美しい。おまけに、ご主人さまに気に入られなかったとわかるや、きょとんとした表情で新たな情報収集に励むロボットぽい表情まで可愛い。うい奴ぢゃ。こんなアンドロイドが目の前にいたら、わたしは絶対に離さないよ~。加山雄三みたいに「君を死ぬまで離さないよ、いいだろう?」と歌いたくなるではないか。そして老後の世話もしてほしいわ。

 しかし、アルマはあまりにも心地よいこのアンドロイドに対して疑問を抱くようになる。彼は果たして自分にとって他者といえるのか? 彼女がそう思えるのはもちろんそれだけの知性があるからで。しかししかし。知性と感情とは相いれないことがしばしば出来する。恋は他者との出会いのなかに我が身との共通点を見出すことによって、あるいは自分が持たない美点を相手が持っていることに惹かれて生まれる。しかし、それが持続的な愛へと発展するには、相容れない他者との軋轢を乗り越え、他者との出会いを大切に思えるまでに昇華させる必要があるだろう。自身の拡張のような他者はすでに他者ではない。幼児は自身の鏡像を見ることによって他者と出会い、自らの身体性を獲得する。自我の延長のような存在は乳児にとっての母と同じではないか。そんなラカン理論を想起させるような理屈っぽさが面白い映画だった。

 アルマの決断を肯定するか否か、見る人の価値観が問われる。(レンタルDVD)

2021
ICH BIN DEIN MENSCH
ドイツ  Color  107分
監督:マリア・シュラーダー
製作:リーザ・ブルメンベルク
脚本:ヤン・ショムブルク、マリア・シュラーダー
撮影:ベネディクト・ノイエンフェルス
音楽:トビアス・ヴァクナー
出演:ダン・スティーヴンス、マレン・エッゲルト、ザンドラ・ヒュラー