吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ベルファスト

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 アカデミー賞脚本賞を獲ったことも納得の面白さ! ケネス・ブラナーの作品でいちばん見ごたえがあった。子ども目線で作られているとはいえ、実は各所でちゃんと大人の事情が挿入されているため、観客にも状況がよくわかり、配慮が行き届いている。

 ケネス・ブラナーがわたしと同世代であることがわかる場面が随所に挿入されていて、懐かしくて涙が出そうだった。「宇宙大作戦」(初期のTV版ですよ~、今ではスタートレックという)! 「恐竜1万年」(ラクウェル・ウェイチの胸の露出度が無駄に高い)、「サンダーバード」! こういう場面が出てくるだけで嬉しいのが老人の証左か(苦笑)。しかも映画本編はモノクロなのに、「恐竜1万年」がカラーで登場すると、そこだけ妙に時空間が歪んだように感じてものすごく面白い効果がある。

 さてストーリーは、ベルファストで生まれ育ったケネス・ブラナーの少年時代を描く自伝。1969年、9歳のバディはベルファストで家族3世代毎日楽しく暮らしていたが、プロテスタントカソリック教徒の対立が激化し、暴動が近辺に及ぶようになる。この冒頭の場面が素晴らしい。現在のベルファストと思しき街並みを俯瞰する美しい空撮が続くと、突然画面がモノクロに変わり、1969年という字幕が現れる。

 ケネス・ブラナー監督の自伝的作品ということを知っていて見ているこちらとしては、主人公の少年のあまりの愛らしさに思わず微笑みが漏れる。そして美しすぎる母親と父親、これがカトリーナ・バルフとジェイミー・ドーナンですよ、奥様! そんなご両親がベルファストの田舎町にいらっしゃるもんでしょうかねえ。超長い美脚の母とかっこいい父。愛情深く子どもたちを育てる母と、仕事のためにロンドンに出稼ぎに行っている父。年老いても愛情深く互いをいたわる祖父母。なんだか理想の一家のようで、どこのユートピアなんだろうと思えるぐらいだ。

 主人公のバディはいつも好奇心いっぱいのつぶらな瞳を輝かせている。その目でしっかり大人たちの会話も読み取り、女の子への恋心を成就させる方法を祖父母から教わったり、年上の女友達には万引きをそそのかされてこっぴどく母に叱られたり、いろんな小さな事件が起きる。しかしなんといっても大きな事件はプロテスタントカトリックの対立である。そして祖父の病気。祖父は炭鉱で働いていたことがあるというので、珪肺か肺がんだろうか。

 そして様々な外部要因だけではなく、ロンドンに出稼ぎにいっている父が、一家全員でロンドンに引っ越そうと言い出したことがバディにとっては最大の事件だったろう。肝っ玉母さんのようなしっかり者の、しかも美しい母はベルファストで生まれ育った。それゆえ、ここを離れることを拒否する。しかし荒れ狂う街を見て、ついに移住を決意する。

 本作で、母と父がダンスする場面が2回登場する。この二人は本当に華やかで美しく輝いている。少年の屈託ない日々と不況のベルファスト、対立が暴動へと発展する社会不安、さまざまな緩急のある演出が観客をつかんで離さない。この映画がノスタルジックなモノクロで撮影されたことは中高年の感情に訴えるものがあるが、今この映画をなぜケネス・ブラナーが作ったのだろうと思わずにはいられない。この作品は異教徒・異文化の相容れない対立の世界にあって、お互いを寛容の精神で受け入れることの大切さをさりげなく訴えている。

 人物の顔のクローズアップが目立つ本作は、人々の感情の動きを実に細やかに捉えたカメラが印象に残る。

2021
BELFAST
イギリス  B&W/C  98分
監督:ケネス・ブラナー
製作:ローラ・バーウィック、ケネス・ブラナーほか
脚本:ケネス・ブラナー
撮影:ハリス・ザンバーラウコス
音楽:ヴァン・モリソン
出演:カトリーナ・バルフ、ジュディ・デンチジェイミー・ドーナンキアラン・ハインズ、コリン・モーガン、ジュード・ヒル