原題は「ブローカー」。製作会社のロゴが漢字とハングルの組み合わせで「家」という意味のマークを作字しているのが面白い。
さて巻頭、ポン・ジュノ監督の「パラサイト」へのオマージュかと思わせる、夜の大雨が打ち付ける急坂の階段が映る。「パラサイト」でソウルが洪水に遭って半地下の人々たちの住む家が天井近くまで浸水してしまった、あの夜のシーンを想起させるではないか。思わず舞台は同じくソウルかと勘違いしたが、すぐにハングルで「釜山」という文字が見えるので、「あ、ここはプサンの坂道か」と納得。
主人公が「パラサイト」と同じくソン・ガンホなのでついつい「パラサイト」を思い出してしまうのだが、この映画を見終わったあと、「ポン・ジュノがこれを撮っていたらもっとダークなユーモア溢れる作品になっただろうなぁ、そしてもっとエグイ作品に」と思った。ソン・ガンホ主演でコメディタッチにしないと損だよ。彼が出てくるだけで笑えるんだから。もちろんそこは是枝さんも十分わかっていて、ソン・ガンホらしさを引き出してそこはかとなく面白可笑しく切ない作品に仕上げている。
して物語は。ある雨の夜、若い女性が赤ん坊をキリスト教会の「赤ちゃんボックス」の前に捨てた。その赤ん坊をこっそり拾って養子を求める親に闇で売り飛ばすブローカー二人組がいて、彼らは赤ん坊をできるだけ高値で買ってくれる夫婦に売ろうとしていた。しかし、気が変わった女が赤ん坊を取り戻しにやってきたから話がややこしくなる。少しでもいい条件で養子にしてくれる相手を探して、実母も一緒に養親に会いに行くことになり、ここから先は三人組のロードムービーとなる。いや、三人じゃなくてあと一人追加されるのであった。そのうえ、その四人組の後ろには彼らを現行犯逮捕しようと尾行する女性警察官二人組の姿も。かくして、4人対2人ののんべんだらりとした追いかけっこが始まる……。
この映画の特徴は、主な登場人物がみな「それなりの善人」であるところだ。赤ん坊を売り飛ばそうとするブローカー二人組だって悪人ではない。彼らなりに赤ん坊を大事に世話しているし、赤ん坊の将来をけっこう真剣に案じている。それというのも、二人組の若い方は自身が「捨て子」であったという事情もある。この悲しい境遇を演じるのがカン・ドンウォンで、彼の哀切を込めた表情が観客の心をくすぐる。
ソン・ガンホは気のいいクリーニング屋が本職のおじさんで、金に困って赤ちゃんブローカーをやっているのだ。そして自分の赤ん坊が売り飛ばされたらその分け前をもらおうと付いてきている若い女はイ・ジウン。実にスタイルがよい。足が長い。彼らを尾行している警官がペ・ドゥナで、かつて是枝監督と「空気人形」で仕事をしているから、息もあっている様子がよくわかる。
役者が皆、いい仕事をしているので安心して見ていられる。その分、やや緊迫感や破調の面白さには欠けたうらみがある。ポン・ジュノと違って是枝監督は真面目で心温かい人だと思わせる演出ぶりだ。赤ん坊を売りに行く4人が赤ん坊を真ん中に疑似家族を形成していく様子や、ソン・ガンホのミシン踏みなどの手仕事を見せる演出に、是枝さんらしさが現れている。実に細かいところに目が行き届いており、必要最小限の台詞で観客を納得させてしまううまさは相変わらずだ。
赤ん坊を売り飛ばすなんてとんでもない男たちだと思っていたら、実はとても赤ん坊のことを気にかけ大切に思っていて、そういう親に渡したい(売りたい)と願っているという、悪人なのか違うのかが判然としない二人、そして赤ん坊を捨てた母親にも大きな理由があり…。いろいろと観客の感情移入を誘う設定にぐいぐい惹きこまれていく。
そうなると、警官たちのほうが悪人に見えてきたりするから困ったもの。さらに最後にはみんなが子どもの未来を願っていることがわかる麗しいラストに涙が出そうになる。笑って笑って泣いてほほ笑む。そんな映画だった。
ソン・ガンホがカンヌ国際映画祭で主演男優賞を受賞したのも超納得。
2022
BROKER
韓国 Color 130分監督:是枝裕和
脚本:是枝裕和
撮影:ホン・ギョンピョ
編集:是枝裕和
音楽:チョン・ジェイル
出演:ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナ、イ・ジウン、イ・ジュヨン