吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。

エルヴィス

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 ロックの帝王エルヴィス・プレスリーの伝記映画なのだから、さぞや大ヒットかと思いきや、予想に反して苦戦しているらしい。その理由はなんとなくわかる。「ボヘミアン・ラプソディー」が伝説のコンサート「ライブ・エイド」で盛り上げて終わったのに対して、この映画はエルビスの死で終わるから、暗すぎる。さらに、主人公はエルビスよりもむしろ彼のマネージャーであり彼の搾取者であったトム・パーカー大佐かもしれない。それほどこのパーカーが出ずっぱりになるので画面が見苦しい。カメラワークもド派手好きのバズ・ラーマンにしてはおとなしい。

 とはいえ、エルビスファンのわたしにとっては十分感動できる作品だった。

 エルビスの伝記を何種類か読んでいずれにも書いてあることは、彼が恐怖のマザコン男であったことだ。母親を愛していたことじたいは悪いことではない。しかし、母親に溺愛された息子というのはこんな風に育つのかという典型のような男になったようだ。42歳(追記:46歳の間違い。かつてどこかで、「エルビスは母が亡くなった年齢である42歳に自分がなったときに、同じ年齢で死ぬのではないかとひどく恐れていたが、実際にその通りになってしまった」という文言を読んだことを覚えていたのでそう思い込んでいたが、8月9日に英語版Wikipediaでそれは間違いであることを確認した)で亡くなってしまった母の死がエルビスに落とした影は深い。

 しかし、そもそもエルビスがサン・レコードからデビューできたきっかけというのが「ママの誕生日に自分の歌を吹き込んだレコードをプレゼントする」という動機だったのだから、マザコンもどこでどう転ぶかわかったものではない。世紀のスターが誕生するきっかけなんてそんな偶然かもしれない。メンフィスのレコード会社が素人のレコードを作るという商売を行っていたのであり、歌を吹き込みたい素人が何ドルか払って自分のレコードを作ってもらっていたわけで、その中には才能ある若者もいるに違いないと社長はにらんでいたのだ。これは新人発掘のよいアイデアであった。この映画ではそこまで詳しいいきさつは全然描かれないのだが、すでに地元レコード会社からデビューしていたエルビスのステージを見たトム・パーカーが、若い女性たちの熱狂ぶりに目を見張り、「これは売れる!」と確信するところから本作は動き始める。

 シャイな若者がしかし、身体を動かさずには歌えないというぐらいに身体の深いところに根付いた黒人音楽のリズムと体感は、彼が極貧の少年時代を送ったことにそれを獲得できた要因がある。1950年代当時、人種隔離政策がとられていたため、黒人地区と白人地区は厳格に区別されていたのだが、あまりにも貧しいエルビス一家は黒人居住地区の中に住んでいた。自然と黒人教会に顔を出すようになったエルビスは、その強烈なゴスペルやリズム&ブルースの洗礼を受ける。黒人の曲を歌える白人がいれば売れるのに!と考えていたパーカー大佐はその人物が目の前に居ることに感動したのであった。そこからあとはエルビスがトントン拍子にスター街道に乗り、下半身を動かし過ぎる(性交を思わせる腰の振り方)ことに”世間”の顰蹙を買い、テレビでは下半身を映してもらえないとか警察から逮捕するぞと脅しをかけられたりする場面へと一気に駆け抜ける。

 で、とうとう反逆児エルビスにも召集令状が来て、彼は2年間の兵役に就くことになる。これがエルビスの運命を変えた。兵士として駐屯したドイツで運命の女性プリシラに出会うのだ。出会ったとき彼女は14歳。なんとまあ! エルビスより10歳年下であった。

 ……などと書いていたらエルヴィスの伝記を延々書くことになってしまう。映画に描かれたなかったことまで含めてわたしは伝記本を読んだり他の映画を見たりして情報を仕入れているので、妙に語りたくなるではないか。

 で、それは禁欲して、映画の話に戻そう。

 この映画の白眉はエルビスが歌手として復帰した1968年のクリスマス特集テレビ番組からラスベガスの公演へと至るくだりだ。彼が歌手として最も脂の乗り切っていた時期、声も素晴らしい。とりわけラスベガスのインターナショナルホテルのステージのためにバックバンドの編曲を指示する場面などは鳥肌が立つほどだ。

 わたしはエルビスが1973年1月にハワイから衛星中継したステージを自宅のテレビで見た。当時中学2年生だったわたしが画面にへばりついているのを見た母が、「目を潤ませて観てるよ、この子は」と笑ったのを覚えている。日本の若きアイドルなんてまったく興味がなかったわたしのアイドルは、自分の親ほど歳の離れたエルビスだったのだ。

 そんなこんなのいろいろを思い出しながらこの映画を見たわたしにとっては、ヒットしていなかろうがどうだろうが、とにかくあと何回も劇場で見たいと思わせる映画だった。画面編集は十分素晴らしかったし、パーカー大佐との確執をパーカーの視点で語らせたという演出も見ごたえがあった。しかし、それゆえ映画作品としてはヒットから縁遠くなってしまったのではないか。パーカーが出ずっぱりになることによって、エルビスを見たいというファンにとっては欲求不満を呼び、さらにエルビスの死で終わるという暗い結末はつらい。そのうえ、エンドクレジットで本人の歌をもっと出せばよかったのに、へたにカバーを流したのがいかん。「ボヘミアンラプソディー」があれほどヒットしたその要因をもっと学ぶべきだ。

  この映画が、ロックという音楽が生まれるその瞬間を再現した作品であるということが観客に伝わっているだろうか? それまで「ロック」は存在してなかったのだ。エルビスが登場することによって世界に「ロック」は生み出された。黒人たちの音楽と白人のカントリーがエルビス・プレスリーの身体を通してロックへと融合したのだ。その瞬間の戦慄を目撃できるのがこの映画である。だから、黒人ミュージシャンたちの半端ない才能と迫力にも圧倒される。歴史的瞬間を後から知る人間にはその感動が伝わりにくい。その点もこの映画が「鳥肌が立つ感動」を観客に伝えきれなかった残念な点だろう。

 とはいえ、とはいえ、とはいえ、エルビスを愛しすぎているわたしにとってはこの作品は十分感動作だったのだ。なんどでも見直したい。オースティン・バトラーの熱演も特筆すべき。だからお願い、もっと劇場でかけつづけてほしい!! 上映終了はもうちょっと待って!! エルビスの映画を見に行く人がみんな暇を持て余しているシニア世代だと思い込まないでぇ~! ま、わたしもシニアですが現役で貧乏暇なし、映画館に行く時間を作るのも四苦八苦しておりますので~。

 8月9日追記:で、今夜2回目の鑑賞。1回目よりも感動が強くて、エルビス生前最後の熱唱を聞きながら涙。オースティン・バトラーの色気もムンムンと伝わり、よくぞこれだけの演技を魅せてくれたと感謝感謝の感激。その色気は半端ない!! あの流し目、あの唇を少し歪める、照れたような笑い方。エルヴィス本人よりも本人らしい! なんという素晴らしさ。アカデミー主演男優賞を3回分ぐらいあげてほしいです!

 私ははもう、映画館の座席でこっそり拍手したり踊ったりと、一人でなにやってるんこのおばさんは!状態。あー、この映画を見ながら思い切り踊りたいわ。最近は家でエルビスの曲をかけて踊り狂っているので、すこしぐらいは痩せたかも?

2022
ELVIS
アメリカ  Color  159分
監督:バズ・ラーマン
製作:バズ・ラーマンほか
脚本:バズ・ラーマン、サム・ブロメル、クレイグ・ピアース、ジェレミー・ドネル
撮影:マンディ・ウォーカー
音楽:エリオット・ウィーラー
出演:オースティン・バトラー、トム・ハンクス、オリヴィア・デヨング、ヘレン・トムソン、リチャード・ロクスバーグ