吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。

オフィシャル・シークレット

https://eiga.k-img.com/images/movie/92375/photo/82e15a015892e768/640.jpg?1582790977

 長さをまったく感じさせない、緊迫感が最後まで持続する社会派作品。実話というのが驚くべきで、地味な展開にも拘わらず観客をつかんでいくのは演出の的確さの賜物だろう。キーラ・ナイトレイも渾身の演技を見せる。

 さて物語は。2001年の911テロの後、ブッシュ大統領は「イラク大量破壊兵器を隠し持っている」と決めつけ、イラク戦争を開始しようとしていた。いち早くアメリカ支持を表明したのはイギリスのブレア首相だった。ブッシュ政権の国家安全保安局(NSA=National Security Agency)では国連安保理事会で多数派工作するために、国連を盗聴しようとしていた。その行為をイギリス諜報機関であるGCHQ(Government Communications Headquarters)にそそのかす同調圧力メールが送られてきたことがこの事件の発端だ。GCHQで働き始めてまだ間もない若き翻訳官であるキャサリン・ガンがこのメールを見て、不正義が行われようとしていること知って怒りに震える。守秘義務に反することを知りながらこの情報をマスメディアにリークしたキャサリンだったが、彼女の夫であるクルド人のヤシャルの在留権も危うくなる恐れが……。

 自分の仕事に誇りを持っていたというキャサリンが、自らの信念のために国家機密をリークすることを決意する。実はわりとこのあたりがあっさりしているのだ。特段に悩んだり迷ったりしている様子もない。案外そういうものなのかもしれない。とっさの判断で深く考えていなかったことが…ということだって大いにあり得る。「ガーディアン」紙がすっぱ抜いた国連盗聴問題は、イラク戦争開戦へと馬力をかけようとしていたイギリス政府にとっては大変痛いことだった。「ガーディアン」と言えば映画「ピータールー」を思い出す。社会運動から始まった新聞がこの時代にはいつの間にか保守派になっていたのか、戦争賛成の論調を掲げていた。いやそうではなくて、労働党支持だったから、ブレア首相の戦争を支持していたのだろう。だがガーディアン紙もキャサリンのリークによって反戦の論陣を張るようになる。

 GCHQの事務所には窓がないのか、1日中真っ暗で、電灯をつけている。外光が入って来ないから昼なのか夜なのかもわからない。やたら画面が暗くて気が滅入ってくる。そんな薄暗いオフィスの中で始まるリーク犯人捜しの場面は手に汗握る。キャサリンが起訴されてからの展開も目を離せない。人権派弁護士を紹介されて弁護を依頼したところ、レイフ・ファインズ演じる弁護士がキャサリンの勇気を褒めて弁護を引き受けてくれた。この役者レイフ・ファインズもかつてナチスの将校役で世に知られるようになったんだったなあと懐かしく思い出しつつ、今や社会派弁護士として正義感溢れる役を演じているのが感慨深い。

 キャサリンの夫がクルド人というのも大事な点で、彼が強制送還されるのではという恐怖に震えている様子が観客の同情をそそる。

 もちろん2020年代を生きるわたしたちは大量破壊兵器なんか存在していなかったことを知っている。英米が仕掛けた戦争は大嘘から始まったと今では世界中が知っている。だがこのリーク事件が起きた2003年、まだそれはわからなかったのだ。ただ自分の信念にのみ基づき、キャサリンは情報をリークした。彼女は「国家ではなく国民に奉仕する」公務員だと堂々と名乗る。裁判におけるその力強い言葉の数々はいずれも名言だ。こんな若い女性がいたことに拍手を送りたい。

 今こそ、この映画を見るべきだろう。日本の官僚たちがどっちを向いて仕事をしているのか、誰を守ろうとしているのか、なぜ公文書公開を請求したら海苔弁みたいなコピーが出てくるのか、さまざまに考えさせられる作品だ。日本の民主主義など吹けば飛ぶようなものだと痛感する。

 最後にキャサリン本人が画面に登場する。驚くほど若くて幼い印象を受けるその顔は、しかし知性と決意に満ちていた。キーラと違って金髪だった。(レンタルDVD)

2018
OFFICIAL SECRETS
イギリス  Color  112分
監督:ギャヴィン・フッド
製作:ゲド・ドハティほか
脚本:サラ・バーンスタイン、グレゴリー・バーンスタインギャヴィン・フッド
撮影:フロリアン・ホーフマイスター
音楽:ポール・ヘプカー、マーク・キリアン
出演:キーラ・ナイトレイ キャサリン・ガン
マット・スミス マーティン・ブライト
マシュー・グード ピーター・ボーモント
リス・エヴァンス アダム・バクリ
レイフ・ファインズ ベン・エマーソン