吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

怪物

https://eiga.k-img.com/images/movie/98367/photo/b817b033fd6c7fa2/640.jpg?1681268719

 この映画は二か月ぐらい前に見たので細部を忘れてしまったが、映画ファンの集まる食事会でお題に取り上げられたので、参加者全員でやいのやいのと議論が沸騰した。毀誉褒貶が激しい作品でもあった。

 本作は脚本が是枝さんではないので、かなりこれまでの作品とテイストが異なる。そして、問題を詰め込みすぎたきらいがあって、いったい何が言いたいのかよくわからない。脚本の坂元さんはヒット作のテレビドラマをいくつも手掛けているが、映画には向いていないのでは。

 小学生高学年の男子同士の淡い恋がテーマなのだが、予告編ではそこをぼかして宣伝していたことになにか意味があるんだろうか。物語は羅生門形式の、複数の視点からの同じ場面の反復構成になっているが、これ自体に目新しさはない。それに、こういう構成なら、「桐島、部活やめるってよ」のほうがはるかに面白かった。 

 登場人物がみなどこか秘密を抱えていて、それぞれに少しずつ嘘をついていて(小さな嘘も大きな嘘も)、それらが空回りしながら事態は思わぬ方向へと転がるというプロットにも斬新さはない。

 この作品のレベルが低いわけでは決してない。ただ、是枝監督の作品には期待値が高すぎるので、「ふつうに良作」だと不満が残ってしまうのだ。とはいえ、この映画のラストシーンの美しさには感動したし(撮影は近藤龍人だった。さすが!)、そのオープンエンドな終わり方にもそそられた。

 くだんの映画を語る会では、小説版を読んだ人たちから、「真相」が語られた。しかし、映画ではほとんどがぼやかされたまま。それはそれでいいのではと思う。

 この作中人物のステレオタイプぶりや既存の価値観にどっぷりつかった人物設定などがわたしをうんざりさせた原因だが、子役たちの新鮮な演技については舌を巻いた。相変わらず是枝さんは子役の使い方がうまい。……結局本作を褒めているのかけなしているのか自分でもよくわからない(苦笑)。

 わたしの知人で自身がトランスジェンダーの女性弁護士が、この映画を気に入って何度も劇場まで見に行っているという。「刺さりまくった」らしい。それほど当事者が感情移入できるということは、脚本が優れているということなのだろう。その事実に驚くと同時に、さすがは坂元さんの脚本だと見直した。……結局褒めているのかな。

2023
日本  Color  125分
監督:是枝裕和
企画・プロデュース:川村元気、山田兼司
製作:市川南ほか
脚本:坂元裕二
撮影:近藤龍人
音楽:坂本龍一
出演:安藤サクラ永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太、高畑充希角田晃広中村獅童、田中裕子