吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2030年ごろかも。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ナポレオン

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 英語をしゃべるナポレオンなんて! という理由で本国フランスでは極めて評判が悪いらしい本作だが、わたしはなかなか堪能できた。物足りないところを挙げれば、もっとナポレオンの政治的手腕を描いてほしかったという点。しかし彼の生涯を余すところなく描いていたら4時間超えの超大作になってしまうわな…。

 この映画では徹底してナポレオンと妻ジョゼフィーヌとの関係に焦点が当てられる。映画の巻頭は王妃マリー・アントワネットの処刑場面だ。広場での処刑を見つめる青年ナポレオンが登場するのだが、出てきた瞬間からすでにおっさんだったのには苦笑した。もうちょっと若作りしたらどうや。青年時代のナポレオンというものが存在しないかのようだよ、この映画では。だから、ナポレオンよりも6歳年上のジョゼフィーヌがぐっと若く見える。英雄を虜にするほどの美しさと奔放さを兼ね備えていた彼女の魅力が余すところなく描かれていた。

 出会ったときにはすでに貧乏貴族の未亡人で2人の子持ちだった、そして総裁政府の有力者ポール・バラスの愛人だったジョゼフィーヌに一目ぼれしたナポレオンが、求愛行動一直線、ひたすら手紙を書きまくる。結婚してからもジョゼフィーヌは浮気しまくり。ナポレオンが戦場にいる間に若い愛人と一緒にいるし、ナポレオンからの手紙も無視。このあたりの描写は池田理代子先生の『エロイカ』で勉強済みのわたしにはお馴染みの展開なのである。ほんま、池田理代子先生のおかげでフランス革命(ベルばら)もナポレオンもポーランドの近代史(『天の涯まで』)もロシア史(『女帝エカテリーナ』)も全部勉強できたわ~。

 閑話休題。で、彼女はさすがに頭にきたナポレオンから離婚をちらつかせられるし、挙句には跡取り息子が産めないという理由で本当に離婚されるのであった。そのころ、ナポレオンは既に皇帝になっていて、彼の野心の絶頂にあったわけだ。しかし離婚は互いに不本意なことであり、離婚宣言を行って署名する際、二人とも泣きぬれている。別れてからも未練がましくしょっちゅうジョゼフィーヌの屋敷を訪問するナポレオン。結局彼らは生涯愛し合っていたということですな。だとしたら、政略のために離婚・結婚を繰り返すってほんとうに不幸なことだ。

 こういうことが細かく判明しているのは、彼らがやりとりした膨大な書簡が残っているからで。ナポレオンからジョゼフィーヌに送られた熱烈なラブレターは歴史上有名で、いまでは出版されているから、誰でもそのおおむねは読むことができる。

 さて、物語ではナポレオンがロシア遠征に失敗して失脚し、エルバ島に流されることになるのだが、あっという間に脱出してフランスに上陸する。この場面で、兵士に銃を構えられたナポレオンが、「わたしは君たちと一緒に戦った。君たちの雄姿を忘れない」とかなんとかうまく言いくるめて、その結果、その場にいた兵士たちが「ナポレオン万歳」を叫ぶ感動的なシーンへと展開する。

 しかしこの場面でわたしが受け止めたことは、「戦争の英雄は戦争でしかその名声を維持できない」ということだ。ナポレオンがその軍人としての指導的地位にあった15年間(?20年だったかな)に亡くなったフランス人の数が300万人とか知れば、驚嘆するしかなかろう。それだけの数の若者を死なせては国が疲弊し、国民の支持は得られない。そして同時に今の大阪の事態に思いを馳せた。時代閉塞の状況下では、その閉塞状況を打ち破ってくれる英雄待望論が勃興する。大阪ではその役割を実にうまく「維新」がさらっていった。ナポレオンが共和国の理想を体現する人間として頭角を現したことと裏腹に、実際には独裁政権へと舵をとっていったこと、にもかかわらず絶大な人気を誇っていたことにわたしは身の毛もよだつ思いがする。これは今大阪で、そして日本で起きていることと同じではないのか? わたしの脳内ではさまざまな思いが去来しつつ、最後はジョゼフィーヌに先立たれて涙にくれるナポレオンがかわいそうであった。

 戦争映画としては、かつて見たソ連映画戦争と平和」での壮大な戦闘シーンに比べると迫力に欠けるのが残念。あの当時(って1975年ごろか?)は70ミリ・シネラマスクリーンで見たはず。迫力が半端なかったが、映画の出来は極めて退屈だった。それに比べれば上映時間が短い分だけ、今回の「ナポレオン」のほうがはるかに面白かった。ナポレオンの軍人としての才能が発揮されるシーンがツゥーロンの戦いしかなくて、むしろワーテルローウェリントン将軍に敗れるときの敵の方陣の組み方が卓抜なのが目を引くというのが皮肉な内容だ。

 今作は”英雄の愛の物語”とまとめてしまってもいい作品となっている。これを好ましいと思うかどうかで評価が大きく分かれるだろう。

2023
NAPOLEON
アメリカ / イギリス  Color  158分
監督:リドリー・スコット
製作:リドリー・スコット、ケヴィン・J・ウォルシュ、ホアキン・フェニックスほか
脚本:デヴィッド・スカルパ
撮影:ダリウス・ウォルスキー
音楽:マーティン・フィップス
出演:ホアキン・フェニックスヴァネッサ・カービー、タハール・ラヒム、ベン・マイルズ