クリストファー・ノーランの映像センスにはみじんも疑いがない。やはりこの人は映画ファンを喜ばせる映像を作るのがうまい。今作は映像だけではなく、音楽の効果も絶大であった。巻頭から大きな音や音楽で人を驚かせびびらせる、戦場の恐怖を観客に体感させる演出が優れている。
今作でノーランが試した演出方法は、時間軸を伸縮させたこと。空の1時間と海の1日と陸の1週間を同じ尺に収めたのだ。この斬新な演出方法については賛否両論があるだろう。同じ尺にしてしまったために、絶望的状況で陸に置き去りにされている兵士たちの長い長い1週間が実感しにくくなる。また、場所と時間が交互に描かれる、その関連がつかみにくい。これはよほど映画を見慣れているか、ダンケルク撤退作戦について予備知識がないとつらいところ。
さて、映画の背景。1940年、第二次世界大戦がはじまって間もないころ、ドイツの電撃作戦に追いまくられてしまったフランスがあっという間に北部方面から占領されて、うかうかしているうちに英仏連合軍はフランス北部のダンケルクの海岸線に追い詰められてしまう。フランス軍なんてほとんどボンクラ、と思わせられる展開で、実際、このダンケルクの撤退ではイギリスが助けなければフランス兵がいったい何万人死んだことだろう? 40万の兵士が浜辺に並び、救助船を待つ絶望的な眺めはもう涙なしには見られない。この作品では、いちおうイギリス人の若者兵士が主人公になっているが、ほとんどセリフがなく、全体に極端にセリフのな少ない映画であり、映像と音響で観客を戦場の恐怖に陥れる趣向だ。
我が息子たちと同い年かさらに若い兵士たちが死の恐怖におびえる姿は、母であるわたしには耐えられない光景だ。戦争で死ぬのは未来と夢がある若者なんだよ、絶対に戦争はしてはいけない!
このダンケルクの撤退を描いた映画として思い出すのは「つぐない」。あの映画は戦場が主要な舞台ではないが、ダンケルクに取り残された兵士の絶望を5分に及ぶ1カットで撮った砂浜のシーンが脳裏に焼き付いている。せっかく撤収船に乗れたのに祖国に着く前に病死してしまう兵士が哀れでたまらなかった。
閑話休題。
史上最大の撤退戦と言われるダンケルクをテーマとする映画が、敗退を描いたにも関わらず爽快な高揚感をもたらすのは、国難に遭って国民が総ぐるみで若者を助けようとするからだろう。これまで見たどんな映画よりもかっこよかったトム・ハーディが演じた英軍パイロットしかり、友軍を助けよう、若者の命を救おうと我が身を顧みず助けに向かった人々の熱い思いが観客にストレートに伝わる。
もちろん戦争は殺し合いなのだから、友軍を助けた代わりにドイツ軍の若者は死んだだろうし、友軍の兵士も数万人が犠牲になった。顔も姿も見えないドイツ兵は不気味だ。彼らはこの映画の中では顔も名前もない敵兵として死んでいく。連合軍の兵士たちですら、名前も与えられずに死んでいく。戦争とは匿名の大量死だ。
ノーラン監督はまた一つ新しい戦場の恐怖を観客に差し出した。これが戦争だ。IMAXで見られなかったことが返す返すも悔しいが、IMAXで見ていたら怖すぎてショック死していたかもしれない。
DUNKIRK
106分、イギリス/アメリカ/フランス、2017
監督・脚本:クリストファー・ノーラン、製作:エマ・トーマス、クリストファー・ノーラン、撮影:ホイテ・ヴァン・ホイテマ、音楽:ハンス・ジマー
出演:フィオン・ホワイトヘッド、トム・グリン=カーニー、ジャック・ロウデン、ジェームズ・ダーシー、ケネス・ブラナー、キリアン・マーフィ、トム・ハーディ