吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

あの日の声をさがして

f:id:ginyu:20160202015021p:plain 去年のマイ・ベスト作品の一つ。

 声を失った少年が、言葉の通じない女性との交流を通して心を開いていく物語。と書けばお涙頂戴の感動物語のように思うが、そんな生ぬるい話ではなかった。

 第2次チェチェン戦争下の1999年10月。両親をロシア兵に殺された9歳の少年ハジは、まだ赤ん坊の弟を抱いて家を飛び出し、野をさまよう。ショックで口がきけなくなったハジは、17歳の姉もまた殺されたと思い込み、姉がハジを捜していることを知る由もなかった。
 町で浮浪児となっていたハジを拾って自宅に連れ帰ってくれたのは、EU人権委員会の職員であるフランス人のキャロルだ。一人暮らしの彼女は口を利かないハジと暮らすようになり、コミュニケーションに悩みながらも少しでもハジの心を開かせようと努力する。キャロルは国連のベテラン職員のヘレンにハジの処遇を相談するが、冷たくあしらわれてショックを受ける。

 一方、ロシアの町角ではささいなことで警察に逮捕されたコーリャ青年が強制的に入隊させられ、兵舎に送り込まれる。軍隊は虐待と暴力によって腐敗した場所であった。純朴な青年が上官に殴られ先輩に虐められ、やがては自らが虐待者へと「成長」していく。

 軍隊というシステムが殺人者を育てることがいやというほどわかるリアルな場面には震撼させられた。一見なんのつながりもなかったチェチェンの姉弟とロシアの青年の人生が交差していることがわかるラストシーンに衝撃を受けて、わたしは巻頭のシーンをもう一度見直した。希望のうちにラストを迎えたと思ったのもつかの間、このラストは残酷な循環を描く。幼さを顔に残した青年が残虐な兵士へと生まれ変わる、その完了形を見せつけられた。

 キャロルが自分の仕事に無力感を募らせてくじけそうになる姿も現実を映していて、先進国の無関心に腹立たしい思いを観客もまた共有する。こうして映画を見ているだけのわたしにいったい何ができるのだろう?

 ハジ少年のダンスシーンが素晴らしい。絶望と希望がないまぜになった厳しい映画の中でこの場面が救いになる。ハジ少年を演じた子役の涙顔がなぜかプーチン大統領に似ているのだけれど、大きな瞳が印象的だ。国連職員役のアネット・ベニングがすっかり老女になっているのには驚いた。わたしと同い年なのにあそこまで老けるなんて、なにかあったのかしら。でもとてもいい味わいの演技をみせてくれる。


 去年は戦争を描いた映画が多かったが、戦後70年だけではなく、現在に至る戦争の物語も忘れてはならない、と肝に銘じた。(レンタルDVD) 

 THE SEARCH

135分、フランス/グルジア、2014

監督・脚本: ミシェル・アザナヴィシウス、製作: トマ・ラングマン、撮影: ギョーム・シフマン

出演: ベレニス・ベジョアネット・ベニング、マクシム・エメリヤノフ、アブドゥル・カリム・マムツィエフ、ズフラ・ドゥイシュヴィリ