吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ブラックバード 家族が家族であるうちに

https://eiga.k-img.com/images/movie/94797/photo/99b49eeec12306e2/640.jpg?1620624587

 原作は戯曲かもと思ったら、ビレ・アウグスト監督作のリメイクであったか。なるほどと納得。たぶん、原作よりかなり明るく変えられているのではなかろうか。

 安楽死をめぐる映画はここ10年ほどで増えているように思う。その中でも本作は突出して明るく、鑑賞後の味わいがしみじみしている。自死を決意した本人がまだ完全に老人ではなく、余力を残して逝こうとしていることがその要因だろう。家族に愛され囲まれて逝くという、ある意味最上の幸福感に満ちた最期を迎えることができる、経済的にも満ち足りた一部の特権的な人々の話とも言える。

 映画の中で病名は明らかにされなかったが、安楽死を選ぼうとするリリーはあと数か月で唾液も飲み込めなくなり、胃ろう生活になるだろうと医師である夫のポールに宣告されている。そんなとき、家族が呼び集められ、海辺の瀟洒な家で最後の3日間が始まる。映画は淡々とこの美しい邸宅と海辺を映しだし、集まった家族たちとの最後の晩餐を楽しむリリーの幸福な姿が描かれる。既に彼女の右手は動かないし、介助なしには歩けなくなっているが、リリーは団塊世代の女性らしく自由で自立した考えを持ち、親友のリズを臨終の家族団らんにも呼んでいる。

 リリーの家族は長女とその夫と息子、次女とその同性愛のパートナーの5人。リリーの夫はサム・ニールが演じていて、知的で魅力的な老人であり、とても若く見える。リリーはスーザン・サランドン。相変わらず大きな目の力が強く、とても美しい。もうすぐ亡くなってしまうような女性には見えない。長女と次女の性格の違いも明確に描かれていて、役者が持ち味を存分に発揮している。

 物語は淡々と進み、穏やかに安楽死のその日を迎えるかと思われたその時になって波乱が起きる。母リリーの決心を揺るがせようとする娘たち。一家の秘密が暴露される。このスリリングな展開に息を飲む。

 見終わってみたら、結局はリリーという意志の強い女性が自分の生きたいように生き、死にたいように死んだ、究極のわがまま映画だ。なのにとても爽やかな気持ちになれるのはなぜだろう。この世代特有の自由奔放さがあり、反道徳的なふるまいやあっけらかんとした家族の台詞が日本人から見れば羨ましくてしかたがない。こうやって団塊世代は経済的に恵まれ、自由を謳歌し、好き放題やって去っていくのか。遺される者たちのこれからの生きざまに大きな影響を確実に与えていくだろう結末だが、美しい邸宅の周囲に漂う寂寞感に満たされていくその風情が目に焼き付く。(レンタルDVD)

2019
BLACKBIRD
アメリカ / イギリス  97分
監督:ロジャー・ミッシェル
製作:デヴィッド・ベルナルディほか
脚本:クリスチャン・トープ
オリジナル脚本:クリスチャン・トープ
撮影:マイク・エリー
音楽:ピーター・グレッグソン
出演:スーザン・サランドンケイト・ウィンスレットミア・ワシコウスカ、リンゼイ・ダンカン、サム・ニールレイン・ウィルソン、ベックス・テイラー=クラウス、アンソン・ブーン