吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。

第三夫人と髪飾り

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 夢の中にいるような気分にさせてくれる、桃源郷の物語。いやそれは、19世紀を生きた女たちの生と性と、そして生と死の物語だ。監督自身の曾祖母の人生を元に描かれたという。
 今では観光地として知られているベトナム北部の世界遺産の景観は、山肌を縫うようにゆったりと流れる川面に跳ね返る光が柔らかで心地よい。映画にはほとんどセリフがなく、尺八に似た笛の音が民族音楽を思わせる旋律を奏ででいく。
 14歳の花嫁メイは川を下ってやってきた。若く愛らしく好奇心に満ちた大きな瞳を持つ彼女は大富豪の第三夫人となるためにお屋敷に嫁いできたのだ。初めて見る夫には第1夫人とその息子、第2夫人とその娘たちが既にいた。跡取り男がもう一人ほしいと望んだ夫は自分の子どもぐらいの年齢の若い女を求めたのであろう。
 第1夫人は美しく大人の魅力に満ちている。第2夫人も優しく色気をそこはかとなく漂わせている。男子を生んだ第1夫人だけがこの家では「奥様」と呼ばれると女中に教えられたメイは、男を生めない女には生きる価値がないということを知った。
 3人の妻たちは嫉妬にまみれて夫を取り合いするかと思いきや、とても仲が良い。幼な妻のメイに、第2夫人は髪飾りを使って女の身体の構造を教え、夜の営みについてあからさまに語る。この猥談のシーンがなんともいえず可笑しい。そして、この映画には全編にわたって女の身体性についての言及がある、そのほんの入り口の描写に過ぎなかったことがほどなくわかる。
 屋敷の中では不倫があり、生き物を殺して食べるという日常があり、蚕を飼って糸を紡ぐという作業がある。そのすべてが夢見るように美しく描かれていく。繭の中の幼虫のゆったりとした動き、緑の木々や草原の花、女たちの美しい肌が露出する背中…。
 この邸宅には夫の老父も共に暮らしていて、まさに三世代同居の大家族である。その財力は蚕がもたらしたのだろうかと想像するが、説明的なセリフは一切ない。観客はメイの視線でこの家を見て回り、彼女とともに緊張し驚き軽い興奮を覚えていく。その大きな瞳とふっくらした唇はセリフ以上に多くを語る。ほどなく妊娠したメイはやがて出産のときを迎える。生まれてくる命と、消えていく命と、そのはかなさを知ってしまったメイは幼子をあやしながら不安にかられる。まだ十代半ばで生きる哀しみを知った少女は次の世代の女に何を残すのか。
 深い色彩ときらめく光と水とに彩られた静かな映像詩の美しさに耽溺し、この映画の世界に浸ってほしい。女たちの生は脈々と受け継がれ、女自身の目覚めによって籠の鳥から巣立つことができるのだというメッセージが込められたラストシーンに出会うだろう。

2018
THE THIRD WIFE
ベトナム  93分
 監督:アッシュ・メイフェア
製作:チャン・ティ・ビック・ゴック、アッシュ・メイフェア
脚本:アッシュ・メイフェア
撮影:チャナーナン・チョートルンロート
音楽:トン・タット・アン
美術アドバイザー:トラン・アン・ユン
出演:トラン・ヌー・イェン・ケー、マイ・トゥー・フオン、グエン・フオン・チャー・ミー、グエン・ニュー・クイン、レ・ヴー・ロン