自宅で死にたい、過剰な医療を排除して、なるべく痛くないように死にたい。患者と家族が願う、そんな「平穏死」を提唱する、尼崎の「けったいな町医者」長尾和宏医師の原作本を元に、高橋伴明が脚本・監督した作品。終末期在宅医療問題を真正面からとらえる力作だ。
この映画には二人の末期癌患者が登場する。一人目が亡くなったとき、その凄絶な苦しみ方に重苦しさだけが募り、息も詰まるようだが、二人目が登場した途端に一転明るく楽しく、これから来る「死」さえも浮き浮きと迎えられるような気分になる。
一人目の患者を演じた下元史朗の鬼気迫る演技が素晴らしく、死人の役は体力的に大変だとつくづく感じる。末期癌患者である父親を病院から自宅に引き取った娘は、自分が父を殺したのではないかと自責の念に駆られ、若い在宅医河田を恨みに思う。平穏死を迎えられるはずだったのに、実際は違ってしまったのだ。河田は激務ゆえに妻に去られ、私生活を犠牲にして患者に尽くしているはずなのに、この有り様。悩んだ末に先輩の在宅医・長野を訪ねる。長野は、「病を見るのではない、人を見るんだ。大病院では医者は臓器の断片を見るが、俺たち町医者は物語を見る」と河田を諭す。
そして2年、河田は変わった。彼が担当することになった患者、団塊世代の元全共闘という本多と出会うことにより、その屈託のないキャラクターに惹かれていく。「救対」だの「獄入り意味多い(591-1301)」という電話番号だの、久しぶりに聞いた。さすがは高橋伴明の脚本だ。
本多は川柳をメモ帳に書き綴っている。その川柳がまた諧謔に富んでいて、楽しい。河田医師も本多に影響されて五七五を口にするようになり、すっかり本多夫妻と意気投合する。この川柳には、最後にほろりとさせる巧みな仕掛けが施されていて、泣かせる。本多を演じた宇崎竜童が大変いい役をもらって嬉々として演じているところも微笑ましい。
いずれ誰もが迎える死、それをどのように迎えるのか。わたしは在宅で最期を迎えることが最適だと個人的には思っていない。むしろ病院で死にたいと思っているのだが、それでも延命治療はご免こうむりたいので、本作を見終わってただちに「リビング・ウィル」を書かなくては、と決意した。どう死ぬのかはどう生きるのかを問うこと。笑ったり泣いたりしながら、しみじみとその答を考えさせるのがこの映画である。
長尾医師を追ったドキュメンタリー「けったいな町医者」と同時公開だが、さてどちらを先に見るか? 2作とも大変見ごたえがあるので、どちらも劇場で見てほしい。(機関紙編集者クラブ「編集サービス」2021年2月号に掲載したものに加筆)
2020
日本 Color 112分
監督:高橋伴明
原作:長尾和宏 『痛い在宅医』『痛くない死に方』(ブックマン社)
脚本:高橋伴明
撮影:今井哲郎
音楽:吉川忠英
医療監修:長尾和宏
出演:柄本佑、坂井真紀、余貴美子、大谷直子、宇崎竜童、奥田瑛二、下元史朗