結末を知っていて観ているというのに、最後は感動して泣いた。日本初のセクシュアル・ハラスメント裁判に勝訴した実話を元にしたフィクション。もちろん設定はフィクションなんだけれど、実際の原告や支援者や弁護団の葛藤や主張の核の部分は、じゅうぶん本人たちの意を汲んだものだと思う。
かつて原告晴野まゆみさんの講演会を主催した一人として、わたしはこの映画は絶対に見ないといけないと心して、公開初日の夜に勇んで見に行った。
映画はとても分かりやすく展開する。バブルに沸く1989年、そのセクハラ事件は起きる。タウン誌編集者だった上原恵は、編集長ににらまれて、事実無根の性的な噂を流され、それが原因で解雇される。しかも、解雇ではなく自己都合退職として処理されてしまった。社長は「あなたが再就職しやすいように、自己都合退職にしてあげましたよ」と恩着せがましく言うのである。
しかし、編集長よりも仕事のできる年下で女の自分が嫉妬の対象となったことは明らかで、理不尽な解雇に対して憤懣やるかたない上原恵は裁判に訴えようとする。だが「勝ち目がない」という弁護士ばかりで、彼女の主張を聞いてくれる弁護人を見つけることができないでいた。そんな折、偶然に知った女性弁護士事務所に駆け込んだ上原は、まだセクハラという言葉もなかった日本社会で初めて裁判に訴える「ファーストペンギン」になるのであった。
映画の中では「ファーストペンギン」というセリフも説明も出てこない。その代わり、この映画のタイトルが「ファーストボイス」なのだ。「そんな程度でセクシャルハラスメントと言われるなら、うちの会社なんかつぶれる」といってはばからない会社が実在したというのも恐ろしいのだが、ほんの35年前の日本社会はそんなものだった。
そんな時代に掉ささずあくまで抗った女性がいた。この勇気に万雷の拍手を送りたい。支援団体が結成され、手弁当で弁護にあたる弁護団が組まれ、と社会運動に典型的な支援体制が生まれるのだが、ことはそう簡単にはいかない。
今目の前にいる個別具体的な上原恵という女性を支援するのか、それとも彼女の後ろにいる何十万何百万人の女性たちのために闘うのか。これは、運動の利害が先に立つのか目の前にいる個人を救うのかという、社会運動の長い歴史の中で見られた課題と葛藤の典型的な例である。かつて、さまざまな市民運動を党派的に利用しようとした連中は原告(告発者)を英雄として祭り上げ、彼(彼女)が自分たちの描くような人間でないことがわかるやさっさと手を引いた。このような「利用主義」が目に余った、その事態と同じことがこの映画でも描かれる。
完璧な人間などいない。上原恵も、「たたけば埃の出る」生身の人間だ。そんな彼女のことを支援できるのか? 支援団体の女性たちが上原の告白を前にして右往左往するさまがとても残念である。そして、言いたくないことを大勢の人の前で絞り出すように語る彼女の苦しみと勇気が、ファーストサマーウイカの渾身の演技によって観客の心に刺さる。
ところで、この映画を見た人は、これがフィクションであるということをなかなか飲み込みにくかろうと思う。事実とは設定を変えてある部分こそ、ドラマとしては魅せるわけだし、そこが物語の推進力になる。
クライマックスは最終弁論の法廷で、主任弁護士朝日道子が語る言葉である。綾瀬はるかの長広舌演技が素晴らしい。この場面から最後の判決シーンまで、わたしゃもう泣きっぱなし。よくぞ言ってくれたと思う。
ただし、加害側の男性たちがあまりにも悪者なので、実在の人物から名誉棄損で訴えられないのか心配になった。
今を生きる若者には信じられないだろうが、ほんの3、40年前まではこんなことが職場でまかり通っていたのだ。マスコミの扱いもハラワタが煮えくり返るほどひどい。その数々の実相が映画で描かれるので、ぜひ映画館で見てほしい。そして、そんな社会を変えたのが原告と弁護士たちだった。「ファーストボイス」の意義は何十年経っても消えない。
当館エル・ライブラリーでは、12月20日(日)午後に、エル・おおさかで、本作の原告モデルとなった晴野まゆみさんの講演会を開催します。ゲストに『私のからだは私のもの』などの著書がある平井美津子さんを迎えて、お二人で対談していただく予定です。詳細は当館ブログ等でお知らせします。
2026
日本 Color 105分
監督:前田哲
脚本:橋本裕志
撮影:柳島克己
音楽:富貴晴美
主題歌ちゃんみな 『History』
出演:綾瀬はるか、ファーストサマーウイカ、松本穂香、峯村リエ、山田真歩、工藤阿須加、水川かたまり、鈴鹿央士、迫田孝也、酒向芳、木村多江、筒井道隆
