マミーとは、和歌山毒物カレー事件の犯人として死刑判決が確定した林眞須美死刑囚のことである。本作はこの事件の真相を追うドキュメンタリー。監督はこの事件が冤罪であると確信して取材を続けている。
映画は和歌山の海岸から始まる。海の上からカメラが海面を舐めていき、やがて小さな港にたどり着く。このように、ドローンを使って何度も美しい海辺の街並みが写しだされ、事件の核心を握る箇所の再現場面がフラッシュフォワード的に挿入される。カメラワークや編集が凝っていて、なかなか見事である。
事件は1998年に起きた。和歌山市の町内で開催された夏祭りで供されたカレーを食べた67人がヒ素中毒に罹り、4人が死亡した。当時、連日テレビや新聞で大々的に報道され、犯人捜しで大騒ぎとなっていたことを覚えている人も多いだろう。マスコミ取材の無遠慮さやプライバシーを一切顧みない報道に眉をひそめた人もいるのではないか。
やがて犯人とされたのが町内に住む主婦の林真須美である。彼女と夫は保険金詐欺によって多額の保険金を入手し、その金を元に贅沢な暮らしをしていたことが後に発覚している。
保険金詐欺事件の過程でヒ素が使われたこと、カレー鍋の蓋を彼女が開けるところを見たという目撃証言、さらに犯行に使われたヒ素が林宅にあったものと一致するという鑑定書が提出されたことなどから、裁判では死刑判決が出された。
わたしも事件後の報道を見ていてすっかり犯人は林眞須美に違いないと思い込んだ一人だが、この映画を見ていると自分がとんでもない間違いをしていたのではないかと思えてくる。
この事件が冤罪ではないかという疑惑はこれまでも何冊もの本や記事などで取り上げられてきた。最近では映画版「99・9―刑事専門弁護士」(2021年)がこの事件を参照したと思われる作品であり、冤罪説を採っている。
本作はこれまで裁判で取り上げられ判決で認定されてきた「事実」「証言」「鑑定」の一つずつを丁寧に検証し、いずれも被告を有罪に導くことができないことを論証していく。そもそも林死刑囚は犯行を否認し、冤罪を訴え続けているし、動機が一切解明できていないのに有罪となっている点も解せない。
映画は林眞須美の夫と息子に密着していくが、予告編が公開された時点で既に家族への多くのいやがらせが届いているという。勇気を振り絞ってカメラの前に立った若者を責める人たちがいる今、ぜひこの映画の上映を成功させてほしいという思いが強くなる。
2009年の死刑確定から15年が過ぎた今、三度目の再審請求が和歌山地裁で受理されている。「犯人」の家庭を崩壊させ、娘や孫の非業の死という悲劇まで生んだこの事件が冤罪ならば、どれほど恐ろしいことだろう。死刑が執行されてしまえば取り返しがつかない。保険金詐欺という罪に対する罰としては余りに大きい。
そしてマスコミの過剰報道を批判するこの映画の監督自身が果たして無辜でいられるのか? 犯罪報道やそれを追及することの困難を痛感させられる。一人でも多くの人に本作を見てほしい。