吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

アムステルダム

https://eiga.k-img.com/images/movie/97820/photo/c8379e651787aa3c/640.jpg?1663810967

 これは異色の歴史劇。面白いのになぜか劇場用パンフレットが作成されていない。残念である。

 「ほぼ実話」というキャッチコピーが何度も踊る予告映像がFBなどで流れてきたが、「ほぼ実話」ということはつまり、実話に名を借りたフィクションということだな、とわたしは理解した。だって面白過ぎるんだもん!

 時代は1933年。これはルーズベルト大統領が就任してニューディール政策を始めた年。ドイツではヒトラーが首相となり、共産党を弾圧して独裁体制を敷き始めた年。第1次世界大戦が終わって15年。こういった基本的な世界史を押さえておれば、とても興味深い事件が展開していくこととなる。

 物語は1933年、アメリカの黒人弁護士が旧友の白人医師を訪れるところから始まる。彼らは黒人とユダヤ人の典型的インテリだなとここでわかるのだ。そこから画面は1918年に引き戻され、ヨーロッパ戦線に出征したアメリカ軍兵士が重傷を負ってフランスの病院に入院し、看護師や同僚兵士と意気投合して、除隊後は面白おかしく乱痴気騒ぎを繰り広げるアムステルダムの共同生活へと流れ込む。男二人と女一人の友情と愛。なんと素晴らしくも楽しい日々だろう。

 この冒頭シーンの目くるめく青春の狂騒の素晴らしさはどう! この三人がクリスチャン・ベイルとジョン・デヴィッド・ワシントン(デンゼル・ワシントンの息子)とマーゴット・ロビー。マーゴットがあまりにも美しいので画面に目が釘付けになったよ~。今までの出演作と顔が全然違うじゃないの! クリスチャン・ベイルは戦争で片目を失い義眼になった医師バートを演じる。相変わらず彼の職人芸は素晴らしい。その凝り方があまりにも念入りなので、わたしは呆然と画面を見つめていた。義眼でこれほど演技する人は見たことないよ。

 1933年に起きた殺人事件の真相を探っていくうちにたどり着いた、富豪たちの陰謀。反ユダヤ、独裁、ヒトラー崇拝、クーデーター計画。それらを阻止するためには退役軍人で今や反政府運動の先頭に立つ戦争の英雄将軍(ロバート・デニーロ。とにかくこの映画は無駄にと言いたくなるぐらい役者陣が豪華)の協力が必要だ。そこでわれらが主人公たちはこの将軍を説き伏せて、悪人どもをおびき寄せる。ロバート・デニーロの名演説が聞けますよ、これは必見。彼が演じた将軍には実在のモデルがいて、その本物の演説の映像が最後に流れるのだが、これが実にそっくり。いやどっちがそっくりってどっちが本物かわからないぐらいそっくり。

 この映画、本筋には直接関係なさそうな人物まで含めて細部のことごとくが面白い。脚本に手抜きは無い。本当はすごくシリアスな題材なのにこんなに面白おかしく演出してもいいのか、というぐらい楽しかった。

 最後に気づいた。なんでこの映画を今作ったんだろう、製作者たちは。まさに今こそ、第3次世界大戦前夜かもしれないし、トランプ大統領が再び登場する危機感溢れるこの2022年にこそ、この映画が公開されたことに、デヴィッド・O・ラッセル監督たちの心意気を感じずにはいられない。 1933年の悪夢を再現させてはならないのだ。

2022
AMSTERDAM
アメリカ  Color  134分
監督:デヴィッド・O・ラッセ
製作:アーノン・ミルチャンほか
脚本:デヴィッド・O・ラッセ
撮影:エマニュエル・ルベツキ
音楽:ダニエル・ペンバートン
出演:クリスチャン・ベイルマーゴット・ロビー、ジョン・デヴィッド・ワシントン、クリス・ロック、アニャ・テイラー=ジョイ、ゾーイ・サルダナマイケル・シャノンラミ・マレックロバート・デ・ニーロ