吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書

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 時は1967年。ベトナム戦争でアメリカの敗戦は必至と見られる報告書がロバート・マクナマラ国防長官に届けられた。しかし、彼はその事実を隠す。それから4年後、その文書の存在がニューヨーク・タイムズによってすっぱ抜かれた。これがのちにペンタゴンペーパーズと呼ばれるようになる、ベトナム戦争に関する米軍の不都合な真実が記された4000ページにも及ぶ記録文書である。1971年にはすでにベトナム戦争は泥沼状態にあり、アメリカ国内では反戦運動が盛り上がっていた。日本でもベ平連の活動が活発に続いていた時期である。
 当時のニクソン政権は直ちにニューヨークタイムズ紙の記事掲載差し止め命令を連邦裁判所に要求した。そして、タイムズは差し止め命令を受けてしまう。その時、タイムズ紙に遅れながらも文書全文を入手したワシントンポスト社では、内容を公開するかどうかを巡って社内で大論争となった。ニューヨークタイムズは全国紙であり、ワシントン・ポストは家族経営の地方紙である。しかも高級紙の中で唯一社主が女性という新聞社であった。時あたかも家族経営を脱して株式公開したばかりのワシントン・ポストにとって、文書の報道は会社をつぶしてしまいかねない大問題である。

 本作は、多くの関係者が存在するこのペンタゴンペーパーズ事件を、ワシントンポストのキャサリン・グラハム社主と編集主幹ベン・ブラッドリーの二人に焦点を当てて描いた。女性脚本家リズ・ハンナの脚本は、キャサリン・グラハムという一人の「か弱い」女性が人生をかけた大きな決断を迫られる様子を実に緻密に描いている。

 古参経営陣はキャサリンをオーナーの娘として尊重しつつも、彼女の経営手腕を素人と見下している。いっぽうベン・ブラッドリー編集主幹は強硬に文書の公開をキャサリンに迫る。経営者とジャーナリストの闘いが社内で起きているのである。手に汗握る緊張が高まる様子を、当時の女性が置かれた立場をさりげなくそして厳しく描き出した非常に優れた脚本だ。圧倒的な男性社会であるジャーナリズム界において、自ら「主婦」の立場を貫いていたキャサリンが、夫の自殺によって図らずも社主の立場にたち、動揺しながらも経営者として成長していく様に胸すく思いがする。 
 そして、新聞は記者だけが作るのではない。世紀のスクープを印刷するのかどうか、ギリギリの決断を待っている印刷工たちの仕事もまた夜を徹して必死の面持ちで続けられている。タイプが打たれ、植字工が活字を拾って組版を作り、輪転機が回る工程は、古い機械が大好きなわたしにとっては萌えツボ。鳥肌が立つほど感動した。
 ワシントン・ポストのオフィスを映し出すカメラの動きも奥行きがあってとてもよい。全体的にカメラが高い位置に置かれていることが多くて、ダイナミックな感じを出すことに腐心しているようだ。メリル・ストリープの衣装もまた懐かしい。特に彼女がホームパーティで来ていたゆったりしたガウンのような白いドレスが上品かつゴージャスでよかった。中高年体形のカバーにもよいね。
 音楽もよかった。ジョン・ウィリアムスらしい重厚な音楽。2度繰り返されるベン・ブラッドリーのセリフが耳に残る。「報道の自由を守るのか報道しかない」
 彼らが権力と対峙したと同時に、時の権力者と非常に近い立場にあったことも驚きだ。ジャーナリストが大統領やその側近と異様に親しいというのも大問題ではなかろうか。 
 この映画を観て思い出したのは「フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白」(2003)だ。「ペンタゴンペーパーズ」を観た後にマクナマラのインタビューを観れば、また見え方が違ってくるだろう。今こそ見直してみたい映像だ。

THE POST
116分、アメリカ、2017
監督:スティーヴン・スピルバーグ
製作:エイミー・パスカルスティーヴン・スピルバーグ、クリスティ・マコスコ・クリーガー、脚本:リズ・ハンナ、ジョシュ・シンガー、撮影:ヤヌス・カミンスキー、音楽:ジョン・ウィリアムズ
出演:メリル・ストリープトム・ハンクスサラ・ポールソン、ボブ・オデンカーク、ブルース・グリーンウッド、マシュー・リス