吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

コーダ あいのうた

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 今年2月に観た映画だが、今頃アップ。鑑賞当時、アカデミー賞最有力とか言われていた作品。さすがに大変面白くまた感動できるものだった。唯一、並み居るコーラス部員たちの中で一際目立つほどの歌の素質があるはずの主人公の歌がたいしたことなかったってことが残念。

 本作はフランス映画のリメイクで、基本の設定はほぼ同じだが舞台を山の酪農家から漁村の漁師一家に変更。コーダはCODA(Children of Deaf Adults)= ⽿の聴こえない両親に育てられた⼦ども”の意。音楽用語のCODA(楽曲の終結部分)ともひっかけていると思われる。

 ヒロインは高校生のルビー。彼女はマサチューセッツ州の漁師一家に育ち、両親と兄と共に早朝まだ暗いうちから漁に出る。家族の中で健聴者は彼女だけで、ほかの3人は耳が聞こえない。そのため、家族以外の人との交渉や漁船の操船の補助など、彼女の役割は大きい。将来はこのまま家族の世話をして漁船に乗り続けるつもりでいたが、ふとしたことで合唱クラブに入部したために、彼女の運命は大きく変わる。歌が大好きだったが人前で歌ったことのないルビーの才能を見抜いたクラブ顧問の音楽教師が、「受験のための特別レッスンをするから、音楽大学を受験するように」と勧めてくれる。だがルビーの決心は揺れる…。

 ルビーの家族3人は実際に聴覚障害をもつ俳優が演じている。だからだろう、役者たちの手話が芸術的なまでに見事だ。ルビーの両親はちょっと変わっていてとってもファンキー。兄もなかなか負けん気が強くてハンサムで面白い。この陽気な3人に囲まれて、暗いのはルビーだけというのがなんだか妙な感じ。障害のある3人が明るく前向きでいつもジョークたっぷりの会話を交わしているのに、ルビーはそんな家族と自分の夢の板挟みになって悩んでいる。

 昨今「ヤングケアラー」という存在がメディアで取り上げられるようになったが、まさにルビーもその一人と言えるだろう。家族にとってルビーは大切な通訳だ。愛する家族のために役に立ちたい。でも自分の夢を捨ててもいいのか? ルビーの夢を否定するかのような家族のふるまいを見て、わたしは腹を立てていた。そんな家族の犠牲になることはないから! 

 家族というものは愛すべき厄介者である。愛しく大切に思う一方、手がかかるうえに私を拘束する抑圧者である。しかしそう思う私自身がかつては家族に世話されていたわけだし、近い将来には家族の保護・介護を受けるのだろう。この映画では家族自身が自分たちの身の回りのことを差配しようと決意し、経済生活の困難にも果敢に立ち向かおうとしている。そういう点ではアメリカ的価値観を体現するような一家でもある。

 努力が報われるかどうかは運だとサンデル先生も言っている。そもそも努力できること自体が天からの恩寵だ、と。ルビーに歌の才能があるのはまさに恩寵(ギフト gift)だ。そして彼女の才能を見出してくれたV先生との出会いは「運」だし、その後、彼女が練習できるような時間を作り出せたのは彼女自身の努力と家族の理解による。いろいろな幸運が重なって、ルビーはついに大学入試に臨むことになる。

 この映画にはいくつもの感動ポイントがあり、その一つはルビーたちのコーラス部が歌っている舞台を家族が見ているシーン。ルビーの家族はまさに「見ているだけ」しかできない。せっかくの歌を聴くことができないから、孤立感に苛まれるだろうし舞台を見ているのも退屈だ。そんな耳の聞こえない家族の状況を映画の観客に体感させる演出、これが実によかった。

 テンポよく進む演出が冴え、聴覚障害をもつ役者たちの演技も魅力的で、「そんなこと実際にはありえんやろ」という偶然の作話も含めて、楽しめる。オリジナル作の「エール!」を観てみたくなった。

2021
CODA
アメリカ / フランス / カナダ  Color  112分
監督:シアン・ヘダー
製作:フィリップ・ルスレほか
脚本:シアン・ヘダー
オリジナル脚本:ヴィクトリア・ベドスほか
撮影:パウラ・ウイドブロ
音楽:マリウス・デ・ヴリーズ
出演:エミリア・ジョーンズ、マーリー・マトリン、エウヘニオ・デルベス、フランク・ロッシ、フェルディア・ウォルシュ=ピーロ、ダニエル・デュラント