原作が児童文学だけあって、物語の設定が甘いしファンタジー色が濃厚なのが大人の鑑賞には苦しい部分だけれど、十分訴える力のある映画。「「ワンダー 君は太陽」の原作者R・J・パラシオが、そのアナザー・ストーリーとしていじめっ子だったジュリアンに焦点を当てて書き上げた『もうひとつのワンダー』を映画化したヒューマン・ストーリー」と配給サイドの解説にあるが、わたしは「ワンダー」の詳細をすっかり忘れており、いじめっ子が誰だったのかも完全に記憶から消えている。ので、今度の作品に登場するジュリアンはわたしにとっては初めましての子役なのである。
主人公はそのジュリアンではなくて、ジュリアンの祖母であるフランス人サラ(ヘレン・ミレン)。ドイツ軍に占領されていたフランスでの少女時代の物語を、パリからやってきた祖母が孫に語って聞かせるという趣向だ。これもさんざん描かれてきたナチものである。
サラが少女のころ戦争があった。彼女の一家はユダヤ人であり、ナチの迫害が迫ってきたので父が亡命を決意した。しかし、スイスへ逃れようとした矢先にユダヤ人一斉逮捕に出くわしてしまう。その少し前、一家の夕食時に父が、「パリでは子どもたちが何万人も自転車競技場に閉じ込められて強制収容所に送られた」と恐ろしいことを話して聞かせると、母はそれを否定しようとしたのだが、パリから遠く離れた「中立地帯」に居るはずの彼らの事態は一層深刻化していたのだった。
この時のサラの父の言葉に、わたしは映画「黄色い星の子供たち」や「サラの鍵」を思い出した。子どもたちを含めて1万3000人以上が自転車競技場(ヴェル・ディヴ)に連行された事件を描いた映画だった。特に「サラの鍵」は傑作だったので、原作小説も読んだものだ。そして、教会附属学校で学ぶサラの元にドイツ兵がやってくる様子は、「さよなら子どもたち」を彷彿とさせる。このように、本作は過去のいくつもの作品を下敷きあるいは参照していると思われる描写が続出するので、新鮮味はない。
さて、老人になったサラが今まで封印していた過去をなぜ今、孫のジュリアンに語ろうとしたのか。ジュリアンは前作「ワンダー」で主人公をいじめたために退学処分になっていたのだ。そのジュリアンの姿を見て孫の行く末を案じたサラは、同じ「ジュリアン」という名のいじめられっ子の少年に助けられた過去を話してきかせたのである。
ドイツ占領下のフランスではユダヤ人が迫害・虐殺されたが、一方でユダヤ人を匿ったフランス人も多くいたことが知られている。本作はそんなエピソードの一つである。いくつもの実話をヒントに作られたと思われる物語は児童文学らしい「美しさ」や「夢」に彩られている。隠れ家生活の悲惨なあるいは汚い部分は描写されず、少年少女の初恋物語として微笑ましい。しかし物語の結末は決して生易しいものではなかった。そして一つひっかかるのは、児童文学が原作だからだろうか、単純な因果応報論というか勧善懲悪ものになっているところ。いじめっ子がひどい目に遭うのを見て留飲を下げるという展開でいいのか?
ところで、この映画では誰よりもヘレン・ミレンの上品な美しさに心打たれた。若いころのサラを演じたアリエラ・グレイザーも愛らしくてよい。ヘレン・ミレンが巻いていたバンダナ(ヘアバンド?)がとてもおしゃれだったので、わたしもあんなのが似合うおばあちゃんになりなりたいと思った。
2024
WHITE BIRD
アメリカ Color 121分
監督:マーク・フォースター
製作:トッド・リーバーマンほか
原作:R・J・パラシオ 『もうひとつのワンダー』(ほるぷ出版刊)
脚本:マーク・ボンバック
撮影:マティアス・クーニクスヴィーザー
音楽:トーマス・ニューマン
出演:アリエラ・グレイザー、オーランド・シュワート、ブライス・ガイザー、ジリアン・アンダーソン、ヘレン・ミレン