吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

プリシラ

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 エルビス・プレスリーと離婚したプリシラの回想記が原作になっているので、あくまでプリシラの視線から見たエルビスが描かれている。プリシラエルビスの西ドイツでの出会いから、メンフィスの豪邸グレイスランドでの同居、そしてついに結婚へと至る8年間がじっくり描かれる。そして結婚する前からのエルビスの女性関係が結婚後も止まず、プリシラの孤独が画面を通して観客には痛いほど伝わる。

 二人が西ドイツで出会ったとき、エルビスは既に大スターであり、プリシラエルビスより10歳年下の14歳だった。エルビスプリシラに一目ぼれしたというのは有名な話だ。2年間の兵役を終えてアメリカに帰国したエルビスは彼女をアメリカに呼び寄せ、同居することとなる。しかし、彼女の父との約束である、「有名なミッション系高校を卒業させる。結婚までは肉体関係を持たない」を守り通した(たぶん)。ようやく結婚したのは8年後のことであり、プリシラ22歳のときだった。

 結婚前も結婚後もエルビスの家には常に取り巻き(メンフィス・マフィアと称された)がいて、ほとんど合宿状態だった。大勢に取り囲まれていながらカップルの会話は少なく、エルビスはツアーに出ると数カ月も帰ってこないこともしばしばだ。ただ待っているだけの生活にプリシラが疲れていくことが手に取るようにわかる。しかもエルビスは常にプリシラを自分の掌の中から出そうとしなかった。

 これは今なら、「エルビスモラハラ男」と言えるだろう。光源氏モラハラ男だし、自分よりずっと年下の女を自分好みに仕立てあげて妻にしようという了見がそもそもモラハラだと気づいていない。プリシラの孤独や希望を一切顧みないエルビスの身勝手さが映画のなかでは存分に描かれていた。

 離婚に至る直接の原因はプリシラの不倫だと言われているが、本作ではそのことはほのめかし程度にしか描かれていない。プリシラ側にも原因があったであろうが、そもそも彼女がほかの男に惹かれたのもエルビスのせいだと言える。

 出会いから離婚までの14年、彼女なりにエルビスを愛していたこともよく伝わってくる映画だ。それだけに悲しい。女性の自立を阻害し、女を人形のように側に置きたがった子どものようなエルビスの未熟さもよく伝わる。ロックの帝王エルビスは孤独だった。同じように、あるいはもっとプリシラは孤独だったのだろう。

 ところで、プリシラ役のケイリー・スピーニーも本人によく似ているし、それ以上にエルビス役のジェイコブ・エロルディの声としゃべり方が本人にあまりにも似ているので仰天した。うまいもんだ。(レンタルDVD)

2023
PRISCILLA
アメリカ  Color  113分
監督:ソフィア・コッポラ
製作:ソフィア・コッポラほか
製作総指揮:プリシラプレスリーロマン・コッポラほか
原作:プリシラプレスリー 『私のエルヴィス』(新潮社刊)
脚本:ソフィア・コッポラ
撮影:フィリップ・ル・スール
音楽:フェニックス
音楽監修:ランドール・ポスター
出演:ケイリー・スピーニー、ジェイコブ・エロルディ、ダグマーラ・ドミンスク、アリ・コーエン、ティム・ポスト