吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。

ボストン市庁舎

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 なにしろワイズマン監督である。最近はどんどん上映時間が長くなって、「ニューヨーク公共図書館 エクスリブリス」は3時間半もあった。こんどの「ボストン市庁舎」に至っては4時間32分という増長ぶり。こんなことでいいと思ってんのか、責任者出てこーいと、漫才師なら叫ぶかもしれない長時間作である。ところが、これがまあまったく退屈しないから不思議。こんなに長い映画で、いつものワイズマン調の、ナレーションなし、BGMなし、解説字幕なし、ですよ。そんなもの見て誰が嬉しいのという映画なのに、これが面白いからすごい。

 この映画はボストン市役所がどんな仕事をしているかをつぶさに観察するドキュメンタリーである。まずは市長。そして、市役所のいろんな部署。カメラはさらに市役所外にも足を延ばして、警察署や消防署や、ごみ収集車やら、さまざまな公共部門の仕事を活写していく。

 トップである市長の仕事ぶりにも驚くばかり。我が国のありがたい歴代首相様と違って、ボストン市長は原稿を丸読みしたりしないから、漢字を読めなくて笑われたりしないし(英語だから漢字はないな)、大事な式典で原稿を読み飛ばしても気づかず国内外のマスメディアから批判されるようなこともなさそうだ。ボストン市長は一切原稿を手元に置くこともなく、市民に対して自分の言葉でひたすら語り掛ける。その姿にわたしは圧倒され、彼我の格差に唖然とした。

 この映画が何の説明もなく淡々と公務員の仕事を映しているだけなのに退屈しないのは、もちろんその仕事ぶり自体が驚異的であると同時に、働く人々の姿に興味をそそられ、なおかつ退屈しそうになる直前の絶妙のタイミングで画面が切り替わりボストンの美しい建築物が映し出されるからだ。編集の妙をわきまえている作品である。

 この映画が撮影された当時のマーティン・ウォルシュ市長はその後、バイデン政権で労働長官に就任した。ウォルシュが熱を込めて市民に対して民主主義を語り、市職員を前に公務員がなすべきことを語る姿には思わず聞きほれ見惚れてしまう。

 なにしろ5時間近い映画である。そのすべてをとても語りつくせないし、もはや全部を覚えてもいられないのが悲しいが、たとえばスーパーの隣に大麻売店を作ろうとするアジア系移民の主張に反対する地元住民相手の説明会の描写はとても新鮮な驚きだった。なぜか中国語にしか聞こえない英語をしゃべるアジア人たちが「この大麻店のおかげで雇用が拡大できる」と熱弁する様子も手に汗握るスリルがある。マサチューセッツ州では大麻が非合法ではないことにまずは驚いた(というか、アメリカでは大麻合法の州のほうが多いみたいだ)。結局、この話し合いはどう結論づいたのだろう。

 多くの場面が「話し合いの場」を映していることもこの映画の特徴だ。まさに、徹底的な話し合い、民主主義のお手本のような映画だ。しかも結論までちゃんとわからなかったりするので、どう落とし前が付けられたのか観客は「その後」を知りたくなるだろう。

 ボストンは合衆国全体と比べて黒人の人口比率が高い都市である。白人が人口の半分であり、黒人以外にもアジア系も多く、多様性がボストンの特徴でもある。多様性とはつまり、利害関係が複雑ということと等価だ。既得権益者の不正が告発されたり、治安悪化が問題になることもしばしばのようだ。映画の中で闘わされる議論の一つ一つが、どういう町を作りたいのか、どういう社会を作りたいのかが問われる場面である。

 この映画は繰り返し見て、大学や高校の授業でも使いたい素材だ。特定の部分だけを見ても大いに考えさせられる。これぞまさに労働映画。働く人々の姿が尊くまぶしい。

2020
CITY HALL
アメリカ  Color  272分
監督:フレデリック・ワイズマン
製作:フレデリック・ワイズマン、カレン・コニーチェ
撮影:ジョン・デイヴィー
編集:フレデリック・ワイズマン