吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

アンモナイトの目覚め

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 実在の、在野の古生物学者であったメアリー・アニングと、彼女の恋人となる若き人妻とのひと時の秘めた愛情物語。メアリーは実在の人物だが、彼女の恋愛についてはフィクションである。

 19世紀半ばのイギリスでは女の権利などどこにも存在しない。メアリーは海岸で化石を掘り出しては自宅を兼ねる土産物屋で売って細々と生計を立てていた。すでに中年の域に達していたが、結婚せずに老母と二人で暮らしている。彼女は11歳の時にイクチオサウルスの化石を発見し、その後も次々と恐竜や翼竜の化石を発見しただけではなく、コツコツと研究を進めていた天才的な古生物学者だったのだ。しかし実態は貧困にあえぎ、社会的名声も学位も認められず、不遇のまま亡くなっている。メアリーが発見した化石が大英帝国博物館に収蔵されるが、彼女の名前が書かれた標本タグの上には別人の男性の名前がかぶせられる。そんな時代だ。

 画面はひたすら暗い。海は暗く、天気は悪く、メアリーは不機嫌な表情を崩さず、そこにさらに不機嫌で無口な上流階級の若い女性シャーロットが夫に連れられてやってくる。「病後の妻をしばらく預かってほしい」という夫からの高額な報酬に釣られて、メアリーはしぶしぶシャーロットを預かることにする。不機嫌な二人のつっけんどんな関係がしかし、徐々に変化していくさまが心地良い。静かに展開する、階級の違いを超える女たちの交感。夫からは愛と言う名の抑圧を受けて心に変調をきたしていたシャーロットが、メアリーを知ることによって解放されていく。メアリーもまた長い間押さえつけていた欲望を解き放っていく。まさに土に埋まっていた化石のアンモナイトが目覚めたのだ。しかし当然にも二人の関係は続かない。夫がシャーロットを迎えに来ればそれで終わるのだ。

 女性に選挙権もなかった時代の制度的な抑圧だけではなく、愛こそが人を束縛するものなのだということを強烈に印象付けるラストだった。

 愛するがゆえに相手を抑圧する、相手のためを思ってなすことが実は自分のひとりよがりな欲望であることなど、いくらでもあるのだ。社会的な差別や抑圧の構造がそこに底流していようがいまいが、愛とは本質的にそのようなものであるだろう。だからこそやっかいで、パワハラとかモラルハラスメントと言われることがしばしば「愛」という名の下に行われることを忘れてはならないだろう。

 ところでこれはミュージアム映画。巻頭の場面で大英帝国博物館が登場し、ラストシーンもそこで終わる。

 主演女優二人の熱演はいうまでもなく、濃厚なベッドシーンを体当たりで演じているところも含めて、素晴らしい。(レンタルDVD)

2020
AMMONITE
イギリス / オーストラリア / アメリカ  Color  118分
監督:フランシス・リー
製作:イアン・カニングほか
脚本:フランシス・リー
撮影:ステファーヌ・フォンテーヌ
音楽:ダスティン・オハロラン、フォルカー・バーテルマ
出演:ケイト・ウィンスレット メアリー・アニング
シアーシャ・ローナン シャーロット・マーチソン
ジェマ・ジョーンズ モリー・アニング
ジェームズ・マッカードル ロデリック・マーチソン
アレック・セカレアヌ ドクター・リーバーソン
フィオナ・ショウ エリザベス・フィルポット