けったいな町医者は「いちびり」でもある。「けったい」も「いちびり」も関西人でなければその微妙なニュアンスは伝わりにくいが、「けなしつつ褒める」という独特の語法どおり、この町医者は普通の町医者と違うことを飄々と、そして演出過剰とも思えるフレンドリーさでこなしていく。
その医者は尼崎市の開業医、長尾和宏さん。患者に圧迫感を与えたくないから、白衣は着ない。長尾医師の哲学は簡潔だ。枯れるように死ぬ、それもできるだけ自宅で。終末期は患者が思うように過ごし、医者は投薬やむやみな延命措置は取らない。そのような理想の死のために医者は存在するのだ。たとえば、癌患者に酸素や栄養を与えることは癌細胞にも栄養を与えることになる。だから、むやみな点滴は避けるべきだ、という理屈になる。
長尾医師は在宅患者の往診要請に24時間体制で応じている。だから、愛車のベンツに乗っているときも常にハンズフリーで電話し続けている。長尾医師があまりにもユーモラスで楽しい人なので、見ているこちらもついつい画面に向かってツッコミを入れたくなる。何度も登場する運転場面では「あー、頼むから片手運転はやめて! うわ、今度は両手を離したやんか! 長尾せんせい、安全運転してやあ」。
診察室で「今度、コンサートするねん。来てや」と、「一人紅白歌合戦」の宣伝チラシを患者に配っている場面では、「診察室で宣伝してどうするねん! やりすぎやろ」。で、そのコンサートにはしっかりステージ衣装を着てカツラも着用する様子に、「うわ、マジで歌手のつもりか、ハンパないなあ」と、満席の観客の大喜びの様子を見ながら私も笑う。全編こんな感じの楽しいドキュメンタリーだ。
しかし、エンタメ映画ばりの場面ばかりではない。カメラは患者の自宅に入り込み、たった今亡くなった老人の遺体を映すし、医療の現状に警鐘を鳴らし、なぜこのような在宅診療の道を選んだのかという長尾医師の自説も開陳していく。
映画はエンドクレジットの後、16分も続く。ここがまさにクライマックスだ。目の前で亡くなっていく患者とその家族の表情を映し出すカメラ。家族が臨終に間に合うようにと懸命に心臓マッサージを続ける長尾。この緊迫の場面は必見のうえにも必見。身内を亡くした人にはその記憶が呼び覚まされてつらいだろうが、人が死んでいくという尊厳ある時間をカメラが追った貴重なドキュメントだ。年老いて病を得て命を終える、そんな当たり前のことを静かに見据えた。長尾医師をモデルにした医師が登場するドラマ「痛くない死に方」と同時上映されているので、ぜひ両方とも映画館で見てほしい。(初出:機関紙編集者クラブ「編集サービス」2021年2月号)
2020
日本 Color 116分
監督:毛利安孝
ナレーション:柄本佑
出演:長尾和宏