余命を宣告された60代の主人公山中静夫が、最後にどうしても生まれ故郷でやりとげたいことがある、と自宅から遠く離れた実家がある町の病院に転院する。そして、山中を診ることとなった医師・今井との二人三脚の数ヶ月が始まる。
余命宣告されたがん患者はどうふるまうのだろう。自分の立場なら? 多くの人がわが身に引き付けてこの映画を観ることだろう。
「尊厳死」とはなにか。この映画では、末期がんで死を宣告された主人公が「最後は自分の意志で迎えたい、結末までの限られた時間を自分の好きなように過ごしたい」と主張してその通りになることを指している。ただし、「好きなように過ごす」といってもその希望は、自分の墓を自分で作るというささやかなものだ。
山中静夫の実家は信州にある。幼いころから貧しい家庭で苦労した彼は、今や廃屋となってしまった実家に足を運び、その近くの墓地で自ら墓を作っていく。昼間は病院を抜け出して肉体労働。夕方には病院に戻って患者となる。そんな彼の願いを聞き届けてくれたのが医師の今井だった。
この今井医師を演じた津田寛治が痩せこけて病人のようで、山中静夫の中村梅雀が丸々しているものだから、どっちが死にそうなのかわからない。しかし、どちらもささやくように小さな声で発声するにもかかわらず、滑舌がよいのはさすがにプロの役者であり、そのかすかな声をちゃんと拾っている録音さん、いい仕事してます。
この作品でいうところの「尊厳死」が「安楽死」とは違うということが見ているうちにわかり、しかも医師の過酷な労働状況にもスポットを当てているところが他の作品とは随分異なっていて、目を引いた。最近見たフランス映画の「92歳のパリジェンヌ」とはかなり趣が違って、それを国民性の違いと言っていいのかどうかは不明だが、かの映画が「医者なんか嫌いよ、病院では死なないわ」と究極のわがままをいうフランス人女性が主人公だったのに対して、こちらは「せめて死ぬ前ぐらいは自分の意志を通したい」とささやかな希望を告げるつつましやかな日本人男性が主役。全然位相は異なるのだが、どのように死ぬのかを自身の意志で選びたいという最後の尊厳について語っている点では大いに心を打たれた。
この映画は死に向き合う医師が心を病んでいく過程もとらえて、最後に立ち会う医師の苦しさを描いた点がよかった。なかなか医師のしんどさを正面から描く作品は少ない。原作を書いたのが医師であり、日本医師会が後援についているということもあるからだろうが、本作ではそこをきちんとえぐったところが評価できる。わたしたち患者は医師の困難な心身の状況に心を馳せることが少なすぎるのではなかろうか。医師も労働者である。そこを理解できない患者もまた悲しい。
医師や教師などの専門職については、何十年も前から「聖職か労働者か」という議論が続いてきた。この不毛な二者択一論から一歩でも踏み出ることが必要とかねてから思っていたわたしにはこの映画もまたその議論の延長線上にあると思えてならない。
映画自体はたいそう地味なので、ヒットを狙うにはしんどいかもしれないが、じーんと心温まる物語である。ぜひ多くの人に見てほしい。