吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

カツベン! 

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 活動写真弁士が大活躍していた大正時代の映画館を舞台に繰り広げられる、映画愛に溢れたコメディ。最後は大立回りのアクション映画に! 大笑いして楽しめる、映画ファンのための一作。
 1916年、(大正5年)貧しい子供時代を過ごす俊太郎と梅子は活動写真が大好き。今日もお気に入りのカツベンが説明する作品を見たくてたまらないが、金がないのでこっそりと便所の隙間から劇場に入り込むのであった。将来はカツベンになりたい。そんな夢を抱いたまま、10年が過ぎた。今では泥棒一味に引き込まれて偽弁士と成り下がった俊太郎。警察に追われて逃げる途中で一味からも逃げ出し、地方の映画館である青木館に拾われる。。。
 コメディ映画なんだから、難しい筋立てはなにもない。ほぼ予想通りに展開していくわけだが、細部がいちいちツボった。斜陽となった青木館の館主夫婦が竹中直人渡辺えり子ですよ、登場するだけでキャラが濃すぎて怖い(笑)。
 当時は映画の中身よりもカツベンの話を聞きたくて映画館に来る客が多かったという。だから、カツベンはスターなのだ。そうなるとせっかく監督が作った作品がカツベン次第でいくらでもストーリーやら演出が変えられてしまうというわけだ。これ、日本独特の文化で、うちのY太郎28歳在フランスは「活動弁士が日本映画をダメにした」と言って怒っている。
 それはともかく、かつてのスターカツベンを演じた永瀬正敏も主役の成田凌も実に声色を何通りにも使い分けてよく通る声でしゃべっている。よほど練習したのだろう、素晴らしい出来栄えだった。映写技師もキャラが濃くて、フィルム愛に溢れている。彼がフィルムの切れ端を集めているシーンは「ニュー・シネマ・パラダイス」へのオマージュだ。これが最後に生きてくる伏線回収も笑いのツボ。
 ラストシーンで大写しになるキャラメルの菓子メーカーの名前がなんと! ここも笑いどころ。
 見どころ笑いどころはいつくもあるが、特にお薦めは挿入されているサイレント映画の数々。これはこの映画のためにわざわざ新たにオリジナル作を作ったり実在の映画を再現したというから、その熱のこもり具合に感動する。
 貧しかった日本社会にあって人々に娯楽を与えた活動写真がやがて「映画」と呼ばれるようになる時代の移り変わりのその狭間を描いた作品として、本作は永久に心に残るだろう。これは大正デモクラシーと軌を一にする映画史でもある。あと10年もすれば映画はほぼすべてトーキーとなり、楽士も弁士もその職を追われる。やがては全国各地で映画従業員組合が結成され、映画館争議が多発するのだ。1934年末に製作された美しい労働組合旗を当館では所蔵している。弁士たちの組合にふさわしいデザインと言えるだろう。

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