吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。

笑う故郷

f:id:ginyu:20180527124627p:plain

 こんなシニカルな映画が本国でヒットしたのかどうかがとっても気になる一作。本作の監督が作った「ル・コルビュジエの家」もたいてい変な映画だったが、本作もそれに負けず劣らず。要するに救いのない映画を作ってしまう人たちなんですね、彼らは。コメディのはずなのに、いつの間にか顔が引きつり始めて、最後は「ええええええ~」と劇場がシーンと静まり返るような映画。

 さて物語は。ノーベル文学賞を受賞したダニエル・マントバーニは、授賞式のスピーチで「こんなものをもらうなんて、わたしの作品が権威に認められた証拠だ、作家としての衰退だ」と吐き捨てて会場を凍らせる。それから5年間、ほんとうに衰退して一作も小説を書かなかったダニエルは、スペインの豪邸で暮らしていた。秘書が告げるすべての招待・依頼に拒否回答をつきつけるが、なぜか故郷アルゼンチンの町サラスからの「名誉市民の称号を与えたい」という招待状にだけは興味を示し、秘書を置き去りにして一人飛行機に乗ってしまう。
 そもそも40年も前に故郷を捨てたはずの男が、なぜ今頃帰ろうという気になったのだろう。これが不幸の始まりだった。出世した我が町の英雄を大歓迎してくれるはずのイベントも大して盛り上がらず、町内パレードもしょぼいことこの上ない。そう、故郷のサラスは閑散とした鄙びた町であり、町民の熱烈歓迎の熱も数日後には冷めるというシロモノ。町長だけがテンション高いが、ノーベル賞を獲ってから5年も経って町民栄誉賞っていうところが間が抜けている。
 そんな彼を唯一ほんとうに歓迎してくれているのは、幼馴染の友人アントニオとその妻イレーネだ。彼の妻はダニエルの恋人だった。友人のアントニオは自分がダニエルの恋人を妻にしたことが自慢でしょうがないのだ。それを見せつけたいだけだったことにやがて観客もダニエルも気が付く。イレーネが囁く。「危険だから近づかないで」

 アントニオを歓迎し、または利用するさまざまなイベントが町で開かれるが、そのことごとくがアントニオには気に入らない。しかし彼は苦虫をかみつぶしたような顔に無理に笑顔を作って対応する。彼の財力にたかろうとする者、知名度にすがろうとする者、興味をもって近づく若い女、すべてがアントニオにとって災厄の元となっていく。 
 作家というのは周りの人間を不幸にする因果な商売だ。家族も親戚も友人も「自分のことを書かれた」と思い込み、猜疑心にさいなまれ、傷つく。あるいは勘違いの有頂天に酔いしれる。サラスの町をさんざんコケにした小説でノーベル賞を獲ったというのに、故郷になにも見返りをよこさないアントニオ・マントバーニは、ついにサラスの人々に復讐されるのだろうか。
 文学、虚構、権威、狭い共同体のしがらみ、嫉妬、追従、およそ人間がもつさまざまな弱点や欲望があぶり出され、ついに事件へと発展する。とんでもないストーリー展開だが、どういうわけか最後は笑える。途中一か所、思わず爆笑しそうになったシーンも含めて、笑っていいのかどうかよくわからない映画だった。主演のオスカル・マルティネス、渋いくていい演技を見せてくれているので、必見作。

EL CIUDADANO ILUSTRE
117分、アルゼンチン/スペイン、2016
監督:マリアノ・コーン、ガストン・ドゥプラット、製作:フェリナンド・ソコロヴィチ、脚本:アンドレス・ドゥプラット、音楽:トニ・M・ミル
出演:オスカル・マルティネス、ダディ・ブリエバ、アンドレア・フリヘリオ、ノラ・ナバス