吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分

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 場面は高速道路を運転する車の中だけ。上映時間86分は劇中の時間経過と同じだ。登場するのは一人だけで、あとは彼が運転しながら電話でしゃべる相手が声の出演だけをする、という斬新な作品。アイデア勝負みたいな映画であり、確かに飽きることはないのだが、舞台劇ではなく映画として作った点には疑問もある。トム・ハーディの一人芝居を見続けるので、彼のファンなら大喜びだろうけれど、そうでない人にはちょっとつらいだろう。

 筋書きはこうだ。主人公アイヴァン・ロックは、優秀な建設監督者であり、会社への多大なる貢献で評価されていた(ということが、見ているうちにわかる)。しかし彼は、欧州で最も大きなビルの工事が明日に迫っているまさにその時に、仕事を放擲することになる。理由はただひとつ。彼の「愛人」が予定より早く破水して出産することになってしまったからだ。その事態が判明した今、アイヴァンは明日の作業のために必要な事項を部下に連絡しつつ、病院に入院して半狂乱になっている「愛人」と連絡をとりつつ、なぜ自分が自宅に帰ることができないかを幼い息子や妻に電話で説明している、という状況に追い込まれている。

 高速道路を飛ばしながら、アイヴァンはハンズフリーの電話をかけまくる。映画の86分はひたすら彼がかけ続ける(かけられ続ける)電話の会話で埋め尽くされる。仕事も家庭も失うかもしれないという崖っぷちに立たされたアイヴァンは、なぜすべてを捨ててでも車を飛ばしているのだろう。彼は「愛人」を愛しているわけではない。なにしろ彼女のことはほとんど何も知らないのだから。たった一度、酔っぱらったはずみで寝た女だ。しかし、その結果は妊娠という重い果実を彼にもたらした。

 この映画を彼の視点から見れば、妊娠した愛人もヒステリックに叫ぶ妻も、すべてが大いなる迷惑だ。しかし、この手の物語には違う視点が用意されている(はず)で、女たちから見れば、全然違う物語になる。残念ながら、もう一つのストーリーは一切表示されなかった。

 しかしいずれにせよ、86分の上映時間中、緊張感は途切れず、高速道路を飛ばす車に「これは交通事故を起こしてそれで終わり、という映画ではないか」という緊張感も与えつつ、最後まで「実はこういう終わり方が用意されているんじゃないか」という疑心暗鬼の幾通りもの筋書きを観客に妄想させた挙句、「えっ、そういう終わり方ですか」という結末に持ってくる、ずるい映画です。

 男はこうやって責任をとるんだよ! という男らしさを強調した物語である。結局のところ、女は男の足を引っ張る存在でしかない。なるほど。(レンタルDVD)

LOCKE
86分、イギリス/アメリカ、2013
監督・脚本:スティーヴン・ナイト、製作:ポール・ウェブスター、ガイ・ヒーリー、音楽:ディコン・ハインクリフェ
出演:トム・ハーディ

声の出演:オリヴィア・コールマン、ルース・ウィルソン、アンドリュー・スコット