吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

鑑定士と顔のない依頼人

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 事前情報なしで見に行くほうがいい作品。広場恐怖症の女性と、人を近づけない孤高の鑑定士との手に汗握る恋愛はスリリング。見終わった後に誰かと謎解きを語り合いたくなる映画だ。

 舞台はイギリスかと思ったが、ヨーロッパのどことも知れぬ町。引退を間近に控えた年齢の天才的絵画鑑定士かつオークショニアのヴァージルは、今日も一人高級レストランで食事を摂る。食事中も決してはずさない皮手袋は彼の神経質さを物語る。自分のイニシャルを刻んだ食器をいきつけのレストランに常備しているほどに、人との接触を好まない。他人が使った食器がそこまでいやなのか。豪華なアパートメントはメイドたちによって磨き上げられているが、およそ人の温かみを感じさせない家だ。ずらりと皮手袋が並ぶクローゼットの後ろにある隠し部屋には大量の肖像画を収蔵し、それらを眺めるのが至悦のとき。何百枚とある肖像画はすべて美しい女性ばかり。目もくらむばかりの名画に囲まれてヴァージルは今日も一人、孤独の世界に沈み込む。60歳を超えるときまで一度も女性と交わらず、独身を貫いてきた彼には友達らしい友達もいなかった。たった一人、不正行為をともに働く画家のビリー以外は。

 そんなヴァージルがある日、奇妙な依頼を受ける。一年前に死んだ両親が遺した絵画や骨董品を鑑定して売り払ってほしいという女性からの電話。しかし、彼女は決して姿を見せなかった。言を左右にしてヴァージルの前に現れないその依頼人クレアに翻弄されるヴァージルは、やがて彼女が広場恐怖症のために11年間一歩も外へ出ずに屋敷の中に閉じこもっていることを知り、好奇心にかられる。いつしかその好奇心は恋心へと変わり…

 

 クレアは何者なのだろう。ヴァージルの前に姿を現すのだろうか。ヴァージルが屋敷で拾ってきた機械人形の部品は果たして世紀の発見につながるのだろうか。さまざまな謎と先の見えない期待感が膨らむ、見事なストーリー。緊張感が途切れず、人に心を許さない孤独なヴァージルの純愛が痛々しくも神々しい。いつしかクレアも彼に心を開いていくかに見えたが…

 

 豪華な絵画や骨董品の数々が見ものの映画。ヴァージルが隠し持つ肖像画はすべて女性であり、それらは実際には世界各国の美術館が所蔵しているはずだが、映画の中ではヴァージルが持っていることになっている。ヴァージルは肖像画を眺めている時が何よりも幸せだったが、見つめているはずのヴァージルは、逆に何百枚もの肖像画に見つめられているのだ。この不気味さは筆舌に尽くしがたい。ヴァージルを見つめる肖像はそのまま観客を見つめる。それはぞっとする瞬間だ。わたしならそんなところに居たら気が変になるのではないかと思われるその収蔵庫は、生身の人間との接触を断ったヴァージルがお仕置きのときを待つ密かな牢獄ではなかったか。

 スリリングな物語は最後まで観客を離さない。最後の最後まで。

LA MIGLIORE OFFERTA

131分,イタリア,2013

監督・脚本: ジュゼッペ・トルナトーレ ,製作: イザベラ・コクッツァ,アルトゥーロ・パーリャ,音楽: エンニオ・モリコーネ 

出演: ジェフリー・ラッシュシルヴィア・フークスジム・スタージェスドナルド・サザーランド、フィリップ・ジャクソン、ダーモット・クロウリー