吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。

燃ゆる女の肖像

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 様々に小さな伏線を敷き、実に機微に富んだ心理描写をしている作品であり、見終わってから胸にじわっと染みてくる。

 「セリーヌ・シアマがカンヌで脚本賞を獲った作品、観たか?」と息子Y太郎(30歳、在仏)に尋ねたら、即座に「ああ、シアマか、彼女の映画は政治性が強すぎて好きじゃない。全然面白くない」と一刀両断。そうかなあと思いながら見始めた本作、全然政治的アピールは強くなく、むしろ抑え過ぎの感じすらする、とても静かで落ち着いた作品だ。食わず嫌いはもったいないよ、とYに言いたい。

 映画は、18世紀の女どうしの恋愛を抑えた筆致で静かに描く。ノルマンディの孤島の海岸の風景がうすら寒く寂しく美しく、映画そのものが絵画のように撮られている。ミラノに娘を嫁がせようとしている伯爵夫人に雇われた若き女性画家が、過去を回想して物語が始まる。彼女の名はマリアンヌ、孤島に寂しく住む伯爵夫人とその娘の邸宅にやってきた。縁談を嫌がる娘エロイーズは雇われた画家に自分の肖像画を描かせない。その肖像画はつまり現代の見合い写真だ。最初の画家がクビになり、やってきたのがマリアンヌだったのだが、正体を隠してエロイーズの散歩係として雇われたことになっているため、マリアンヌはひたすらエロイーズの顔を盗み見ている。かくして、見る・見られる映画が始まる。

 視線が交わり、女たちの瞳が妖しく見つめあうなんといえない緊張感に満ちた場面が続く。いったいいつ正体がばれるのだろうと観客はかたずを飲むのだが、意外とあっさりマリアンヌは真実をしゃべってしまう。そこからは二人の若く美しい女たちが協力して肖像画を仕上げていくことになる。

 この映画には男はほとんど登場しない。最後に一瞬顔を見せる端役が居るだけ。女たちの友情と愛情だけで完結する珍しい物語だ。貴族の屋敷なのに召使は一人しか登場せず、その召使とマリアンヌとエロイーズはまるで親友同士のように親しい。そして、わずか数人と数日の女たちの姿の中に、愛と性と生と死を描く、見事な脚本だ。

 オルフェウスとエウリディケの冥府神話や幻影を散りばめ、抑圧された時代の女どうしの悲恋が燃え上がる。互いの姿の中に我が身の姿を押しとどめ、永遠の記憶を刻み付ける自画像を描く場面など、数え上げればきりがないほどの名場面が続く。この映画を先入観に邪魔されて鑑賞しないというのはまったくもったいないことだ。Yには絶対に見るように伝えよう。(レンタルDVD)

2019
PORTRAIT DE LA JEUNE FILLE EN FEU
フランス  Color  122分
監督:セリーヌ・シアマ
製作:ベネディクト・クーヴルール
脚本:セリーヌ・シアマ
撮影:クレア・マトン
出演:ノエミ・メルラン、アデル・エネル、ルアナ・バイラミ、ヴァレリア・ゴリノ