主人公も観客もいきなり不可解な事態の中に放り込まれる。疾走する列車の中でふと目覚めたコルター・スティーブンス大尉は、自分が別人の名前で呼ばれることに驚く。いったい何が起きたのか? 目の前の席に座っている魅力的な女性は自分の恋人なのか友人なのか? 全然知らない女なのに親しげに話しかけてくるではないか。そして事態はあっと驚く爆破事故へとつながり…。
このオープニングは痛快。いきなり観客を謎の世界に巻き込んでいき、次々と謎を畳み掛けてくる。スティーブンス大尉はどうやら何かの大きな実験台にさせられているらしい。彼の任務は爆破犯を捜すこと。そのために彼に赦された時間は8分間。8分の間に列車爆破犯を見つけなければ、次の爆破テロを阻止できないのだ。
なにやら異様な仕掛けがあるらしい、この8分間のミッション。ワクワクしながら見ているうちに、だんだんとSFパラレルワールドの話から恋愛ものへとシフトしていく。何度も同じ場面を繰り返し、そのつど少しずつ展開が変化していく。結果はいつも同じなのに、解釈が変わっていくという点が「羅生門」のようだが、そもそもなぜ大尉が他人の振りをして過去の出来事の中に入っていけるのか? その仕掛けが徐々に分かってくるのだが、わかってくると今度は「なぁんだ、変なお話」と納得いきかねるようになる。
何よりも一番納得できなかったのは、ラスト。このタイムパラドクスはいけませんねぇ。これはどうやら元々の脚本にはなかったらしい。
同じ場面を繰り返すという設定がなかなか興味深い。人は何度も何度も生き直すことができればいい、と願うものだろうが、実際には生きなおした結果は微妙に別の人生になってしまっている。しかも、この映画では場面を繰り返すごとに切なさが高まる。主人公をめぐる人間関係のドラマがきちんと書き込まれているからだ。スティーヴンス大尉を虜にしていくミシェル・モナハンの明るく屈託の無い表情も実にいいし、対してもう一人の女性、軍人であるヴェラ・ファーミガの演技も実に味わい深かった。苦悩の表情を浮かべるヴェラの演技力にも感心したが、彼女の声が実に魅力的なことに気がついた。落ち着いた低い声は無機質なようでいて、相手を安心させる力がある。
ダンカン監督はデビュー作「月に囚われた男」のときと関心が変わっていないようだ。人間のアイデンティティや記憶に興味があってこのような映画を作るのだろう。テーマは珍しくもないけれど、設定が斬新でかなり面白かった。ただ、巻頭の興奮が徐々に薄れていき、最後は疑問符がつく終わり方になるのは残念。
この映画を見ていると、テロを防止するためには被疑者の人権などまったくお構いなし、という状況があながち絵空事とは思えない。むしろ、映画を見ているうちにこちらまでついつい、「そいつが怪しい、しょっ引けばいい」と安易な気持ちに傾いてきて、怖くなる。
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- 93分、アメリカ、2011
- 監督:ダンカン・ジョーンズ、製作:マーク・ゴードン、フィリップ・ルスレ、製作総指揮:ホーク・コッチほか、脚本:ベン・リ-プリー、音楽: クリス・ベーコン
- 出演:ジェイク・ギレンホール、ミシェル・モナハン、ヴェラ・ファーミガ、ジェフリー・ライト、マイケル・アーデン
というわけで、ついでなのでダンカン監督のデビュー作「月に囚われた男」についても。上記「ミッション:8ミニッツ」で興味がわいたダンカン監督はデビッド・ボウイの息子なのだというではないか、驚いた。
お前の代わりなんていくらでもいるんだよ!と言われて首を切られる労働者がこの国でも後を絶たない。「私のかけがえのなさ」は誰が、何が、担保してくれるのだろう? そんな、近代人の叫びを描いた物語は珍しくはない。テーマは決して目新しくはないのだが、その切なさが胸に沁みる。
物語の舞台は近未来。3年契約の掘削作業に従事するため、たったひとりで月へと旅立った作業員が遭遇する不可解な事故の数々。彼は孤独と引き換えに賃金を得ることになるが、地球に残した妻との連絡も機械の故障で成り立たなくなり、孤絶感を高めていた。そんな月面作業も間もなく終わろうとしていたとき、彼は事故を起こしてしまう。意識が戻ったときに彼が目にしたものは、自分そっくりの別の作業員の姿だった…。
全編「2001年宇宙の旅」にオマージュを捧げたような美術(白い宇宙船!)には、ダンカン・ジョーンズ監督の趣味がよく現れている。静かに進む物語。自分が何者なのかわからなくなる不安と恐怖。誰もが胸を締め付けられるような思いに囚われるのではなかろうか。小品だが、佳作。(レンタルDVD)
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MOON
97分、イギリス、2009
監督: ダンカン・ジョーンズ、製作: スチュアート・フェネガン、トルーディ・スタイラー、脚本: ネイサン・パーカー、音楽:クリント・マンセル
出演:サム・ロックウェル、ドミニク・マケリゴット、カヤ・スコデラーリオ、