吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

沈まぬ太陽

 とにかく長い。DVDなのにインターミッションが入っているとは驚いた。しかもちゃんと「あと3分で上映再開します」などという字幕まで出る。こんなに長い映画、しかも体調不良のときに見たというのに、寝なかった。それだけ波乱万丈の大河物語は観客を飽きさせないということだ。
 巻頭、1985年の日航ジャンボ機事故の場面が写る。映画の中では日本航空ではなく「国民航空」という名前になっているが、ダッチロールを繰り返すジャンボ機の中で遺書を書く男性の姿が映ると、それだけでわたしは涙がにじんだ。この事故で、わたしの中学・高校の先輩が亡くなった。亡くなった先輩は、同級生であった妻、そして2歳の息子に向けて遺書を遺していた。まだ29歳だった。そのことを思い出して涙が溢れた。

 冒頭から事故の凄惨な場面、体育館にずらりと並ぶ棺の列に悲痛な涙が溢れる。この事故のことはよく覚えている。第一報はラジオニュースで聞いたのではなかったか? 翌日、生存者発見というニュースもラジオで聞いて感動した覚えがある。写真週刊誌に焼け焦げた死体の写真も掲載されていて、あくどい商業主義にぞっとした覚えがある。そんな、昔日の記憶が蘇ってきた。
 物語の主人公は恩地元(おんち・はじめ)という頑固一徹の真面目人間。国民航空労組委員長として鳴らしたが、委員長退任後の報復人事により、海外の僻地へ左遷され、10年もの海外勤務で苦汁を飲まされた。家庭は崩壊の危機、母親の死に目にも会えず、やっと日本に戻されたと思うと事故の後始末として遺族との交渉係というやっかいな仕事に就かされる。おまけに娘の縁談にも影が差す。「アカの娘はもらえない」と。
 一方、恩地の友人であり労組副委員長として恩地の片腕であった行天四郎(ぎょうてん・しろう)がもう一人の重要人物。ひたすら上昇志向を募らせて、出世のためならなんでもする狡猾で卑劣な男だ。
 物語はこの二人を軸に動く。1964年から1987年までの間を往還しつつ、恩地と行天という明暗・清濁・善悪のはっきりしたキャラクターを前面に立てて進行する。そういうわかりやすさの点からいうと、まるでテレビの大河ドラマふうだ。むしろこの作品は無理やり3時間半で収めるのではなく、大河ドラマとして作ったほうがよかったのではないか。
 一方、キャラクターの対比はわかりやすいのに、登場人物が多すぎて覚え切れない。大物俳優を贅沢に使った大作だから、一人ずつははっきり認識できるというのに、「あれ、この人誰だったっけ?」と思う場面がしばしば。

 映画全体がテレビドラマふうに見えるけれど、最後にケニアの大地が映ると、ここだけはやはり映画らしい風景だと感動した。ここは劇場で見たかったものだ。タイトル「沈まぬ太陽」の由来となった台詞が恩地の口から語られる。ケニアの大地に沈み行く夕陽をダイナミックに捉えた映像には心が洗われた。 
 しかし、長い作品を見終わって、この物語はいったい何をいいたかったのか、つかみかねている。わたしの鑑賞能力が低いのか、風邪で体調が悪く頭が働いていないのか、何を訴えたい映画なのかわからない、という不可解感が残る。
 恩地という男の内面の葛藤をもっと描くべきだったのでは、と思うし、何よりも彼があまりにも善人で生真面目なのが気に入らない。行天だって、それほど悪人ではなかろうに。悪人はあくまで悪人という分かりやすさが戯画的なのでちょっと引いてしまう。役人やマスコミ関係者に女と金をつかませて懐柔する場面の漫画のような演出にも苦笑してしまった。まあ、実際にあんなものなのかも知れないが…。
 長さを飽きさせない面白いつくりであるには違いなく、またところどころ映画的なショット(特に屋外ロケ)もいい感じだし、心温まるエピソードもあってほっとさせたり(恩地父子の牛丼屋の会話とか)、それなりの力作であることは認める。原作は未読だが、おそらくあの長さを詰め込んだのだから、映画は相当に説明不足なのだろう。それが感動の浅さの原因かもしれない。
 恩地という男は旧世代の価値観を体現する人間であり、たとえ労組の委員長として会社と対立しても、それは「会社のためを思って」したことである。典型的会社人間であり、やせ我慢人間であり、その恩地に唯々諾々として付いていく妻もまた古いタイプの女性だ。自分が犠牲になることも厭わない我慢強い人間、その人柄に共感は覚えるけれど、もっと彼のどろどろとした内面を描いてもよかったのではないか。恩地がもっと複雑な人間であればこのドラマは深みを増したことと思う。(DVD)

(2009)
上映時間 202分
製作国 日本
監督: 若松節朗
製作: 井上泰一
プロデューサー: 岡田和則 ほか
原作: 山崎豊子沈まぬ太陽』(新潮社刊)
脚本: 西岡琢也
撮影: 長沼六男
音楽: 住友紀人
出演: 渡辺謙三浦友和松雪泰子鈴木京香石坂浩二香川照之木村多江、清水美沙、鶴田真由戸田恵梨香大杉漣、西村雅彦、柴俊夫風間トオル神山繁草笛光子宇津井健小林稔侍、加藤剛