これは必見作。
のっけから緊迫したシーンが続き、最後まで緊張感が途切れない。一人のアメリカ白人男性が核爆弾をアメリカの大都市3箇所に仕掛けて、ある取引を大統領に迫る、という緊迫のストーリー。男の名前はスティーブン・アーサーだが、改名してイスラム教徒の名を名乗る。そう、彼は白人でかつイスラム教徒なのだ。本作は9.11以後、冷めやらぬアメリカの恐怖と宿痾を描いた極めて政治的な映画だ。全編暴力に満ち、禍々しさに眉をひそめ思わず眼をつぶってしまう場面も頻出するが、眼を背けてはならない倫理的な問いが屹立している。
サスペンス映画は密室で展開されるほど、その恐怖が募る。この映画も場面はほとんどが拷問室に限られている。たまに外の場面に切り替わるが、観客が最も切実に恐怖と答えなき問いの責め苦にあうのは密室の場面なのだ。
拷問の専門家「H」をサミュエル・L・ジャクソンが不気味に熱演。彼の暴走を止める正義の役目を負うのがFBI対テロ専門捜査官のヘレン・ブロディ。キャリー=アン・モスが実に適役だ。知的でクールな美人がアメリカの良心を代弁する。爆弾を仕掛けたテロリストを演じるのはマイケル・シーン。どこかで見たことがあるような気がしたら、「フロスト×ニクソン」でフロスト演じていたのだった。「クィーン」でトニー・ブレア首相を演じてもいる。随分雰囲気が変わってしまった。「4デイズ」ではひたすら拷問で痛めつけられるひどい役をよくぞ演じたものだ。これはかなり辛かったにちがいない。
多くの被害者を出す核兵器の隠し場所を自白させるためには拷問もやむをえないのか? あくまでも被疑者の人権を守るべきなのか? 拷問による自白には信憑性がないと主張するブロディ捜査官に対して、拷問屋のHは譲らない。彼の妻がコソボ紛争の被害者であることがまた物語の凄惨さを増す。
憎悪と暴力、暴力と復讐の連鎖を止める方法はあるのだろうか? 誰が悪人で誰が正義の人なのか、この映画を見ているうちにどんどん分からなくなる。誰もが無限連鎖の地獄に落ちていく絶望的な気分を味わうと共に、テロリズムを根絶する論理/倫理の可能性について、もはやなすすべがないのかと頭を抱えてしまう。拷問であれ軍事力であれ、権力による暴力行使という脅迫を以ってしてもテロは根絶できないのだということに早く気づくべきだ。と同時に、ことはそれほど単純ではない、とも言える。善悪の二元対立が成り立たない地平で、わたしたちに未来はあるのだろうか。
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
- -
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
UNTHINKABLE
97分、アメリカ、2010
監督:グレゴール・ジョーダン、製作:カルデコット・チャブほか、脚本:ピーター・ウッドウォード、
音楽:グレーム・レヴェル
出演:サミュエル・L・ジャクソン、キャリー=アン・モス、マイケル・シーン、ブランドン・ラウス