吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

リダクテッド 真実の価値

 描かれていることの内容がどうこうの、というよりも、その描き方が斬新で実験的な作品。

 
 2006年、イラクに派遣された米軍兵士がイラクの14歳の少女をレイプして殺した上に遺体を焼いてさらには一家を惨殺したという事件は衝撃をもって報道されたが、デ・パルマはこの事件にインスパイアされ、あからさまにこの事件を引用しながら、本作についてはあくまでフィクションだという注釈を映画の冒頭につけている。
 デ・パルマといえば、わたしが最も好きな作品が「アンタッチャブル」である(といってもデ・パルマの作品を全部見たわけではないのだが)。「アンタッチャブル」のクライマックスで、デ・パルマエイゼンシュタイン監督にオマージュを捧げるシーンを撮っている。それが、シカゴ駅の階段を乳母車が落ちるシークェンスだ。去年、実際にシカゴ駅のくだんの階段を見て驚いた。映画の印象と随分違って、階段が狭い。わたしの頭の中ではエイゼンシュタインオデッサ港の階段と「アンタッチャブル」のシカゴ駅での階段とがごっちゃになってしまっていて、もっと大きな階段だったという記憶ができあがっていた。しかし、実際には階段はごく普通の広さしかなく、しかも暗い。こんなところでよくあのシーンが撮れたものだと感心した。人間の記憶など実にいい加減だと実感した次第。


 閑話休題。で、この「リダクテッド」という映画は、実をいうとさほど面白くない。こういう題材の映画に「面白い」とか「面白くない」とかいうのがそもそも不謹慎だという気持ちがわたしには強いし、だからこそ、こういう題材で実験映画を作ってしまうデ・パルマは何を考えているんだ、という気がする。さらに、「面白くない」と書きながら、この映画には挑発的な意識やメディアの世界に生きているはずの映画監督という人間が根源的に既存の映像メディアへの疑義を呈しているその呈示の仕方がとても斬新に映る作品である。結局面白いのか面白くないのかどっちだ、と言われると答えに窮するが、「面白いと思う自分」を抑圧したいという倫理的なわたし自身が存在する。このような悲惨な事件を映画の物語としてただ消費することを是としない自分自身の立ち位置のとりかたがある一方で、映画なんだから、観客を前のめりにさせるような面白さを見せてほしいと欲望する自分時自身との間で引き裂かれてしまう。

 
 単なる一映画ファンをかくも困惑させ悩ませるということはとどのつまりはこの作品が優れているということの証左であろう。


 少女レイプ事件をドキュメンタリーのように撮り、監視カメラや手持ちの私的カメラやWeb映像などを織り交ぜて事件を再現するその手法は、「いつでも誰でもジャーナリスト」「誰でも情報発信者」というインターネット時代の特性を生かしつつもその特性を相対化する視点が貫かれている。

 
 レイプされ殺された少女への同情心や犯人への怒りよりもこの映画の作り込み方のほうに目がいってしまう、というのはどうなんだろう。それこそ実はデ・パルマの狙いだったのかもしれないし、さらにはそのようなメタレベルの関心を超えたところで戦争と民間人の被害という政治的レベルの批判の目を慫慂するデ・パルマの高度な戦略があるのかもしれない。いつでもどこでもネットで残虐なノンフィクション場面が見られる現在、そのことを織り込み済みのうえでわたしたちは他者の身体と心の痛みをわがこととできるリアルな世界を構築すべき、という警告をデ・パルマから受け取ったのかもしれない。(レンタルDVD)

REDACTED
90分、アメリカ/カナダ、2007
監督・脚本: ブライアン・デ・パルマ、製作: ジェニファー・ワイスほか
出演: パトリック・キャロル、ロブ・デヴァニー、イジー・ディアス、マイク・フィゲロア、タイ・ジョーンズ