吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

空飛ぶタイヤ

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 見ごたえのある企業犯罪追及社会派作品。主人公の中小企業社長が正義のために闘う姿よりも、大企業の末端で出世を狙いながらうまく立ち回る一癖ある正義派のほうが魅力的だ。
 物語のもとになった事件は三菱自動車工業リコール隠しであることは言を俟たないが、わたしはあの事故や事件が数年前のことだと思っていたのに、調べてみたらすでに14年も前のことだったのだ! 光陰矢の如し。
 2004年に実際に起きた事件は三菱製トレーラーのタイヤ脱落事故によってタイヤに直撃された若い母親が亡くなった、というもの。ベビーカーを押して歩いていた29歳の母親は子どもたちと一緒に事故に遭い、幸い幼い子どもたちは軽傷だったが、母親は即死した。映画ではほぼ同じような状況を描いているが、事実と映画が異なる点は、事件の真相究明のために運送会社の社長自らが巨大企業に対して闘いを挑んだことだ。タイヤ脱落は整備不良が原因と疑われ、中小企業の赤松運送は神奈川県警の家宅捜索を受ける。二代目社長はイケメンで長身のかっこいい長瀬、じゃなくて赤松徳郎。いやほんま、長瀬智也、かっこよすぎるやろ。中小企業の社長には見えません。事故後には得意先から顧客契約を切られ、経営危機に陥る赤松社長の苦悩は深い。長瀬智也、映画の中ではずっと眉間にしわを寄せ続けていたような気がする。
 赤松社長は事故原因が自社の整備不良ではなく、自動車メーカーのホープ自動車のミスであることを確信するが、相手は財閥系の大企業。とても歯が立たない。それでも決して諦めることなくホープ自動車に食い下がる赤松。対して、ホープ自動車のイケメン課長沢田(ディーン・フジオカ)は赤松を鬱陶しがって会おうともしない。ところが沢田は同期の友人である品質管理部の小牧から自社内の不正を知らされて愕然とする。。。。
 登場人物がやたら多くて、原作では70人も登場するらしい。映画でも20人は居たように思うが、そのいずれものキャラクターがちゃんと描き分けられていたところが素晴らしい。ほんの数行のセリフしかないホープ銀行頭取にまでその人物像がわかるような演出がなされていて、この映画の作りこみの良さに感心した。

 本作の製作陣には松竹社会派エンタメ作の系譜を見事に受け継ぐ作品だという自負があるのだろう、鉄壁の脚本と言える。なんといってもわかりやすさがまず挙げられる。やたら込み入ったストーリーをこねくり回すのではなく、多くの登場人物に持ち味がはっきりしたキャラを与える。主人公を徹底的に窮地に追い込む。あからさまな正義の味方はおらず、主人公以外はみんな腹に一物を抱えている。自己保身、出世欲、生活保守主義、罪なき犠牲者の位置取り、という人々が大勢現れてくるのだが、ただ一人主人公の赤松社長だけがすがすがしく苦悩する。
 「中小企業をなめんなよ!」と赤松社長は吠える。まだ若き二代目社長は、たぶん先代のようなワンマンではないのだろう。創業者とは違う二代目の苦悩というのもありそうだ。わたしは身近に何人も二代目社長を見ているから、彼らが創業者のアクの強さを持っていないことを常々感じる。マイホームパパであるところもこの赤松の魅力だ。赤松の妻役のフカキョンがいったいいくつになったの、いつまでも若いねえ。昨今の作品らしく、ちゃんとジェンダーバイアスに配慮してあるセリフにも微笑してしまった。
 この映画の登場人物たちは団結して巨悪に立ち向かったわけではない。それぞれが少しずつそれぞれの思惑に従って「小さな正義」を実行したに過ぎない。心の底からの正義感であったかどうかも怪しい。所詮は組織のコマであり社畜に過ぎないという自嘲気味の沢田課長に至ってはニヒルな二枚目ぶりが板についていて、こういうちょっとワルっぽいヒーローはわたしのタイプだなぁとうっとり。

 そういう点でもっとも単純な正義の味方は赤松社長。彼は「俺が闘わずに誰が闘う!」と啖呵を切って社員の前でアジテーションするところなんか、50年前の全共闘みたいな。コンプライアンス内部告発、企業責任、といった昨今よく目にし耳にする言葉が飛び交う映画だった、間違いなく働く人々を描いた労働映画である。残念ながら労組の姿が一向に見えなかった。財閥系の大企業にはほとんどユニオンショップ制の労組があるはず。彼らの姿も描いてほしかった。 
 ところで、主役二人の身長が高すぎて、画面作りには苦労したんじゃないかと想像する。事故犠牲者の夫の身長が低いので、これも計算のうえなのか、面白い効果が出ている。犠牲者が「加害者」を糾弾するときの身長差、「加害者」が被害者に詫びるときの身長差が画面の中で強調されている。

 本作は図書館映画の一つと言える。過去の事故の記録を調べるために、ある登場人物は図書館へ行って新聞記事を調べてコピーを取ってきた。みなさん、図書館を利用しましょう。

120分、日本、2018
監督:本木克英、エグゼクティブプロデューサー:吉田繁暁、原作:池井戸潤、脚本:林民夫、音楽:安川午朗
出演:長瀬智也ディーン・フジオカ高橋一生深田恭子寺脇康文小池栄子阿部顕嵐ムロツヨシ浅利陽介津嘉山正種柄本明佐々木蔵之介津田寛治笹野高史岸部一徳