吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

女帝 エンペラー

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 五大十国時代の中国宮廷を舞台に陰惨な復讐劇が繰り広げられる。「ハムレット」を原案とするだけあって、話がとにかく暗い。しかし美術は豪華で格式高く、衣装やセットを見ているだけで満足できる作品だ。演出は重々しく、悲劇の色合いと残虐な刑の執行やらの凄惨な場面とで見る者を恐怖に陥れる。

 皇帝を暗殺したのは弟であったが、その事実は隠され、弟は兄に代わって即位する。新たな皇帝となったリーは、甥である先帝の息子・皇太子の命をも狙っている。その皇太子は先帝の妃にとっては継子に当たるのだが、継母である妃のほうが年下であった。妃は密かに皇太子と愛し合っており、皇太子の命を守るために新たな皇帝に嫁ぐことを承諾した。そしていつかは自分の夫である先帝を殺した今上帝を亡き者にしようと機会をうかがっていたのであった。

 という、身内同士の殺し合いの憎悪と愛情が複雑に絡んだドロドロ劇。アクションシーンの演出は相変わらずワイヤーだらけなのだが、様式美が素晴らしく、雪の中の暗殺隊の登場にはあっと驚いた。なかなか仕込みがよい。

 この映画に何を求めるかによってまったく評価が変わってくるだろう。人間ドラマを見たいという向きにはお薦めではないが、豪華で壮大なセットを堪能したい観客にはお薦めできる。体をくねらせてスローモーションで踊る、大駱駝艦の舞踏みたいな仮面劇も惹かれるものがあった。

 この映画のタイトルでもある、「宴会」が開かれる最後のクライマックスの盛り上げ方や緊張感も見事だ。ラストシーンに漂う哀切はなんともいえない。権力欲にまみれた者たちの末路を映し出して哀れを誘った。(Amazonプライムビデオ)

2006
夜宴
中国 / 香港 Color 131分
監督:フォン・シャオガン
アクション監督:ユエン・ウーピン
脚本:フォン・シャオガン
撮影:レイモンド・ラム
音楽:タン・ドゥン
出演:チャン・ツィイーダニエル・ウー、グォ・ヨウ、ジョウ・シュン、ホァン・シャオミン

ヒトラーに屈しなかった国王

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 1905年にノルウェースウェーデンから独立して立憲君主制を敷くことを国民が選択し、デンマークから国王を迎えた、ということを初めて知った。ノルウェーの歴史をほぼ知らない自分の無知に改めて驚く。ノルウェーだけではない。北欧の国々の歴史どころか地理も怪しい。位置関係もあやふやだ。改めて勉強しなおしてみた。といってもWikipediaを読んだだけだが。

 で、この国ではヒトラーの侵略に遭ったときに、降伏を迫る気弱なドイツ公使の言葉に対して国王が断固として拒否した。降伏はしない、我が国の主権は手放さない、と。このとき、内閣はヒトラーに降伏しそうな勢いであったが、国王はそのような軟弱な首相の辞任を認めないと議会で発言した。しかししかし。

 実際に降伏を拒否した瞬間にドイツ軍の空襲を受けるのである。その事態を本当に国王が覚悟していたかどうかは不明だ。そして、爆撃の中を逃げ惑う国王一家は、民衆とともに山林地帯を全速力で走り、林に逃げ込む。そこでは国王も主婦も幼児も同じように木々の根元に全身を震わせながらドイツ軍の攻撃に耐える身である。この映画では国王が一市民と同じ立場におり、空襲下に恐怖にかられる一老人に過ぎないことを言葉少なく描いている。ある意味こんなことは当たり前の描写に違いない。しかしわが国のことを思えば、天皇一家が空襲に逃げ惑い、市民とともに恐怖に震えている様子を描くような映画が想像できるだろうか?

 この映画で描かれるのはドイツからの最後通牒をつきつけられてからの3日間のみ。その間にノルウェー国王と皇太子が言い争いをしたり、どっちつかずのドイツ公使が右往左往する様子が描かれている。ドイツ公使は外交官であり、戦争は外交官にとっては敗北と言えるのだから、冷や汗を垂れ流すのは理解できる。

 映画では、その後の国王一家のことはテロップで短く描かれるのみ。国王はイギリスに亡命し、皇太子一家はアメリカに逃れた。このようにして終戦を迎えたノルウェーでは、国王がドイツに屈しなかったことが民主主義を守ったとしてたたえられているという。なんだか納得できない。

 そこは納得できないものが残るが、この映画がノルウェーで大ヒットした理由は何かと考えるに、かの国の人たちのナショナリズムを鼓舞したのがその理由だろうか。あるいは、国王を一人の人間として描いたことのリアリティゆえだろうか。わたしにはわからない。ノルウェーは遠い外国と思えるが、その現代史は日本のそれと地続きであることを知るためにも見ておくべき作品だろう。(Amazonプライムビデオ)

 2016
KONGENS NEI
ノルウェー Color 136分
監督:エリック・ポッペ
製作:フィン・イェンドルム、スタイン・B・クワエ
脚本:ヤン・トリグヴェ・レイネラン、ハラール・ローセンローヴ=エーグ
撮影:ヨン・クリスティアン・ローセンルン
音楽:ヨハン・セーデルクヴィスト
出演:イェスパー・クリステンセンアンドレス・バースモ・クリスティアンセン、カール・マルコヴィクス、ツヴァ・ノヴォトニー、カタリーナ・シュットラー、ユリアーネ・ケーラー

ニューヨーク・ニューヨーク

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 30分カットして120分で収めてあれば、かなりよい作品になったであろう。しかし、ライザ・ミネリの歌唱が素晴らしいので、そこまでの冗長な物語は全部我慢我慢。逆に、「やっとでたか、ライザの歌!」って感じで感動もひとしおである。後半はライザ・ミネリ演じるフランシーヌが大スターになっていく場面で、劇中劇も楽しい。

 天才的なサックス奏者と天才的な歌手が夫婦になっても幸せにはなれないという、才能か愛かという二者択一を迫る典型的な物語だ。しかしこれはどう考えても男が悪いね、彼が癇癪持ちで不寛容なのがいかん。だからこそ、ラストシーンはああなるしかなかった。

 ラストに漂う哀愁を浴びながら思い出していたのは、「ラ・ラ・ランド」だ。そうか、こういうのは元祖ハリウッドというか定型ハリウッドの成功悲恋物語だったんだ、と納得した。

 ロバート・デニーロが登場した瞬間に「うわ、若っかー!」」と叫んでしまったよ、男前でかっこいいです。 

 ところで本作は図書館映画。ニューヨーク公共図書館が登場して、昔懐かしいカード目録がずらりと並ぶシーンなんかぞくぞくしてしまう。で、主人公カップルは図書館の閲覧室で言い争いをしたりして司書に「しーっ、静かに!」と注意される。このころは図書館は静寂の館だったのだな。(レンタルBlu-ray

1977
NEW YORK, NEW YORK
アメリカ Color 155分
監督:マーティン・スコセッシ
製作:アーウィン・ウィンクラー、ロバート・チャートフ
原案:アール・マック・ローチ
脚本:アール・マック・ローチ、マーディク・マーティン
撮影:ラズロ・コヴァックス
音楽:ジョン・カンダー、フレッド・エッブ、ラルフ・バーンズ
出演:ロバート・デ・ニーロライザ・ミネリ、ライオネル・スタンダー

シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア

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 なんとも不思議な映画だ。ニュージーランド映画そのものを見る機会があまりないのに、初かもしれないニュージー作品がこれでは、かの国に対して偏見が生まれそうだ。全編とにかく妙な映画で、コメディなんだけれど笑いのツボがかなり日本人とは異なる。面白いのか面白くないのか答えにくい作品である。わたしは割といけると思ったけれど、これはあまり人におすすめできないかもしれない。逆に、ツボにはまると大いに受けるので、一部に熱狂的なファンを生みそうな映画である。

 ニュージーランドってあんなに大勢バンパイアが居たのか。そのうえ狼男まで!

 バンパイアが獲物になる人間を屋敷に招待する場面なんか、けっこうイジメっぽくてちょっと引いたわ。「こんなやつだから友達もいないと思って連れてきた」とか「この顔で処女じゃないの? うっそー」みたいなセリフ、きわどい感じですな。

 バンパイアが4人でシェアハウスしてて、その様子を人間がドキュメントしていくっていう設定にしてあるのだが、いちいち登場人物たちがカメラ目線になるのが可笑しかった。バンパイアものだが、よく練られた小ネタはふつうに人間社会に転がっている、人と人とのつきあいの距離の取り方や「世間」と「社会」との谷間をよく観察した結果と言える。

 この映画を見た人の感想を聞いてみたい気を起させる不思議な映画だった。ちなみにものすごい低予算作品と思えるので、大掛かりなセットなどは期待しないように。(レンタルBlu-ray

2014
WHAT WE DO IN THE SHADOWS
ニュージーランド Color 85分
監督:ジェマイン・クレメント、タイカ・ワイティティ
製作:タイカ・ワイティティほか
脚本:ジェマイン・クレメント、タイカ・ワイティティ
音楽:プラン・9
出演:ジェマイン・クレメント、タイカ・ワイティティ、ジョナサン・ブラフ、コリ・ゴンザレス=マクエル、スチュー・ラザフォード、ジャッキー・ヴァン・ビーク

トルーマン・カポーティ 真実のテープ

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 トルーマン・カポーティの名前は知らなくても、映画「ティファニーで朝食を」(61年)を知っている人は多いだろう。たとえ映画を見たことがなくても、ヘンリー・マンシーニが作った主題歌「ムーンリバー」はどこかで聞いたことがあるはずだし、オードリー・ヘプバーンが長い煙管を持っているポスターはあまりにも有名だ。

 その映画の原作を書いたのがカポーティである。彼は10代の頃から小説を書き始め、19歳の時に書いた短編でO・ヘンリー賞を受賞するなど、早くから才能が秀でていた。ゲイであることを公言し、毒舌と知性とユーモアで時代の寵児となったカポーティは、未完の小説を残してドラッグとアルコール漬けで急逝した。時に1984年、59歳の死だった。

 彼が亡くなった後、その生涯の謎を追おうとしたジャーナリスト、ジョージ・プリンプトンがいた。彼が残したインタビューテープが今、本作の主要な部分となって初公開される。

 1960年代にきらびやかな社交生活を送ったカポーティの、数々の映像を瞬きのように繋いでいき、当時のニュースやさまざまな記録映像を軽やかな音楽と共にMTVのように目まぐるしく見せていく手法は、マイケル・ムーア監督のドキュメンタリーのようだ。もっとも、ムーアのような下品さや過剰なプロパガンダがあるわけではない。

 過去の映像とイーブス・バーノー監督が新たに撮り下ろしたインタビュー映像を交え、かつ効果映像(再現映像というべきか)も短くカットを割っていく手法で、見る者を飽きさせない。

 かつて2005年に伝記映画「カポーティ」が作られ、タイトルロールを演じたフィリップ・シーモア・ホフマンアカデミー賞主演男優賞を受賞する熱演を見せた。その映画では、カポーティの名を不滅のものとした犯罪ノンフィクション小説『冷血』が書きあがる過程のカポーティの葛藤が描かれていた。それに対して、今作ではバーノー監督が「カポーティという『箱』を開けてみたかった」と述べている。その箱を開けるために、実に大勢の証言が取り入れられた。

 1966年にカポーティが開いた、伝説的な「黒と白の仮面舞踏会」の映像や、未完の遺作となりかつそのスキャンダラスな内容によって上流階級から放逐されることとなった『叶えられた祈り』がいかに衝撃的であったか、という証言は刮目に値する。

 上昇志向というものが地道に働き生きる人々と無縁なところで紡がれるとき、生きる幸せとはなんだろうと再帰的に考えさせられる皮肉な映画である。「上流階級」に生きる場を求めようとした作家の悲劇でもあろう。

 戦後の経済成長と通信革命の時代に生きて、小説を書くよりもテレビに出演するほうが快楽になってしまった作家のなれの果て、と言ってしまえばそれまでだが、天才が裡に抱える空虚を何で埋めようとしてどのような不安と焦燥を抱いてつぶれていったのか、謎を解く箱を覗き見たいみなさま、どうぞこちらへ。

  2020年劇場公開作。

2019
THE CAPOTE TAPES
アメリカ / イギリス B&W/C 98分
監督:イーブス・バーノー
製作:ローレンス・エルマン、イーブス・バーノー
製作総指揮:ニック・フレイザーほか
撮影:アントニオ・ロッシ
音楽:マイク・パット

マダムのおかしな晩餐会

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 舞台はフランスだが、主人公はアメリカ人の富裕層とそのスペイン人メイド。という、国際色豊かな物語なので、それぞれの「国民性」が出ているとも言える。

 アメリカ人の富豪夫妻がパリに引っ越ししてきたばかり。彼らは上流層の友人たちを招いてディナー・パーティを自宅で開くことにした。しかし女主人のアンは、招待客の数が13になることを知り、慌てる。やむなくメイドのマリアを謎の富豪夫人に仕立て上げて席に着けることにした。「決して何もしゃべってはいけない、酒も飲みすぎ注意」と言い聞かせられたのにも関わらず、マリアは緊張のあまりワインをがぶ飲みして下品なジョークで周囲の笑いを誘う。アンは激怒したが、そのマリアに惚れてしまった英国人トムは、マリアがスペイン王家の親戚だという偽情報をすっかり信じ込んで俄然マリアにアタックを開始する。。。。

 というコメディ。中年過ぎの男女の熱愛に心をときめかせ、舞い上がるマリア。それを嫉妬心に満ちた憎悪の目で見るアン。そこには、いくら金持ちでも満たされないアンの不幸があった。明らかな階級社会であるフランスらしい人物配置を施したこじゃれた映画だ。

 マリアを演じたロッシ・デ・パルマはスペイン映画の常連で、大変達者な役者なのだが、顔が濃すぎるためわたしには苦手なタイプ。とはいえ、彼女の一挙手一投足に観客はハラハラさせられ、感情移入していくだろう。マリアは貧しいスペイン移民としての自らのアイデンティティを主人のアンに踏みつけにされるが、最後は堂々と屋敷を出ていく。それは一見意気消沈とした悲しい歩みなのだが、ラストシーンがハッピーエンドなのかどうか、観客の解釈に任されているファジーな終わり方。なかなか憎い。(Amazonプライムビデオ) 

2016
MADAME
フランス Color 91分
監督:アマンダ・ステール
製作:シリル・コルボー=ジュスタンほか
脚本:アマンダ・ステール、マシュー・ロビンス
撮影:レジス・ブロンドゥ
音楽:マチュー・ゴネ
出演:トニ・コレットハーヴェイ・カイテル、ロッシ・デ・パルマ、マイケル・スマイリー

スパイの妻<劇場版>

 2020年11月に劇場鑑賞。

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 黒沢清監督の作品は個人的には当たり外れの差が激しいと思っている。近年は外れが多くて、本作も途中までは「また外れたかぁ~」と思っていたのだが、最後にあっと驚く展開になったので、そこまでの外れ感が帳消しになった。

 黒沢清は細部のリアリティには興味がなく雰囲気を重んじる監督だということは「アカルイミライ」の時に感じていた。今度もまた、歴史劇にもかかわらず時代考証に力をいれていないところにそれを感じた。そして、演出が舞台劇のようなのも興味を引く。長セリフを舌をかまずに一気にしゃべり通す主役二人のうまさにはこちらが舌を巻いた。いかにも時代がかったセリフであるが、それが最高潮になるのは聡子が昏倒するクライマックス。

 この映画に関しては何を書いてもネタバレになりそうだが、タイトルにある「スパイ」とは何のことなのか、誰のことなのか、最後までミステリアスな展開だ。舞台は1940年の神戸。主人公夫妻は瀟洒な洋館に住んでいるから、これはどう見ても神戸異人館を想起させる。すでに戦時統制経済下にあるというのに結構な暮らしを続けているハイカラな夫婦である。さほど大きくはない貿易商社の社長とその若く美しい妻という設定になっていて、そこに妻の幼馴染の軍人が訪ねてくる。この軍人が長身でかっこいい東出昌大だから、当然なにか不倫めいたことが起きるのではと観客は期待する。

 なにしろ映画全体が芝居がかっているから、怪しい匂いがプンプンしていて、何を見ても全部怪しい。映画は巻頭、劇中劇を撮影している場面から始まる。その時の撮影機がパテベビーという9.5ミリフィルム機だと思う。これが物語全体の大きな伏線になっている。

 主人公たちはとんでもない国家機密を入手して、それをなんとか全世界に知らせようと画策するのだが、果たして。。。。

 で、終わってみれば、いったい誰が誰をいつからだましていたのかと観客は映画の冒頭に帰って反芻したくなるような映画だった。古い洋館のお屋敷の足音や会社の倉庫の重い扉、古い金庫。何もかもがレトロな雰囲気を見せてお見事。

2020
WIFE OF A SPY
日本 Color 115分
監督:黒沢清
脚本:濱口竜介、野原位、黒沢清
撮影:佐々木達之介
音楽:長岡亮介
出演:蒼井優高橋一生坂東龍汰恒松祐里みのすけ、玄理、東出昌大笹野高史