吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

止められるか、俺たちを

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 どこから見ても面白い。若松プロの事務所の冷蔵庫には鍵がかけられているとか、笑えるエピソードだらけだ。やはり若松孝二その人のキャラクターの特異さが際立っているし、70年安保当時の若者たちの無軌道ぶりやエネルギーがこの映画のキモとなる。しかし同時にどこか「なんだかちょっと違う」という、時代の違和感もぬぐえない。全体にチープ感が漂う映画なのだが、熱量が高いため、最後まで惹き付けられていく。

 主人公は若松孝二監督ではなく、彼の元に弟子入りした21歳の助監督・吉積めぐみである。助監督とは実際のところ下っ端の使い走りのようなものであり、給料もろくに支払われない悲惨な待遇である。しかもこの時代はパワハラ・セクハラやりたい放題だから、若松は若いスタッフたちを怒鳴り倒し殴り倒す。若松は怒ると「俺の視界に入ってくるな!」と助監督を追いやる。このセリフは何度も登場するから、よほど彼のキャラクターを表出させるキーワードのなのだろう。しかも井浦新が実にうまく演じて、すっとぼけた味わいのある若松を現出させている。

 この映画の若松プロのスタッフたちは、男女入り乱れてよく議論しよく飲み、タバコをふかして一晩中騒ぎ、そのまま雑魚寝してしまう。この時代の若者たちの生態や雰囲気がよく伝わる。わたしの学生時代はこの1世代後なのだが、まったく同じような雰囲気だったことを思い出して懐かしい。

 若松孝二若松プロを立ち上げたとき、まだ29歳だったというのも驚きで、33歳にしてすでに巨匠の貫禄がある。若松が元やくざで刑務所にも入れられていたということを、わたしはこの映画で初めて知った。若松が撮るピンク映画の現場が何度も場面に登場し、そのいくつかは見ているだけで笑いがこみ上げるようなものが多い。わたし自身は若松のピンク作品を見たことがないのだが、なるほど真面目に撮っているのになぜかユーモアが溢れてくるような作品だったのか、と納得した。いや、この解釈は間違っているかもしれないが、少なくとも本作で垣間見える若松のピンク作品はコメディのように思えてしまう。そういえばタイトルが卓抜だ。「 処女ゲバゲバ」とか「ゆけゆけ二度目の処女」なんて、ふざけているとしか思えない(笑)。

 この映画が女性助監督を主人公にしたのは大正解だ。若松孝二という人をめぐる若者たちの葛藤や夢や挫折がよく伝わり、ヒリヒリしてくる。「映画監督になりたいのに、撮りたい映画がないのよね」と言う主人公めぐみが実のところ、何を悩み苦しんでいたのかはよくわからない。彼女は仲間に囲まれていたはずなのに孤独だったのだろう。複雑な心理を門脇麦がよく演じていて印象に残る。明るくエネルギッシュだった映画が、ラスト近くになって陰影を増してくる。つらい展開になっていくのが見ていて苦しいのだが、それもこの時代らしさを象徴しているといえようか。

 ラストは「赤軍 PFLP 世界戦争宣言」とへたくそな字で大書した真っ赤なロケバスが走っていく。バスの中では若松プロのスタッフたちが大声でインターナショナルを歌っている。青春は爆発だぁ~! こんなバスで街中を走ったら公安ホイホイできるやろ~(笑)。奥田瑛二がATGの大物・葛井欣士郎で登場したのにも笑った。(レンタルDVD)

2018年製作/119分/日本
監督:白石和彌
製作:尾崎宗子
プロデューサー:大日方教史 大友麻子
脚本:井上淳一
音楽:曽我部恵一
撮影:辻智彦
出演:門脇麦井浦新山本浩司岡部尚大西信満タモト清嵐、毎熊克哉、藤原季節、満島真之介、渋川清彦、高岡蒼佑高良健吾寺島しのぶ奥田瑛二